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ブログ

水, 2011-03-23 21:14 | saposute

皆様こんにちは、松田です。 

先日、前にサポステを利用していた方が就職決定の報告に来てくれたので「せっかくならブログに喜びのメッセージを」とお願いしてみました。
軽い気持ちでお願いしたつもりが、とても心のこもった素敵なメッセージを頂いたので、一人でも多くの方に読んでもらいたいなと思っています。

****

ニートからの卒業

 僕が4月から札幌の料理屋さんに就職すると松田さんに挨拶すると、「じゃあサポステのブログに何か文章書いてよ」と言われたので、今不眠不休でメールを打っています。

 

僕は今年の3月まで調理師学校に通っていた、サポステの卒業者です。

 僕は高校を卒業したあと何年もひきこもっていました。自分でもこれではいけないと思い、まずはヤングハローワークに相談に行きました。そこで相談してくれた先生がサポステを紹介してくれました。

 

 サポステに行って、まずは相談員の先生と色々な相談をしました。相談した結果、僕はワーカーズファームに参加することになりました。ここでは昼食作りや面接練習などがあり、いきなり仕事に就く勇気がなかった僕には、このワーカーズファームの経験が後々とても役に立ちました。

 

 ワーカーズファーム卒業後はワーカーズチャレンジに通いました。ワーカーズチャレンジでは、実際に求人雑誌を見て、良い求人があったら応募するというプログラムでした。そのワーカーズチャレンジに参加するおまけとして松田さんの楽しいおしゃべりもありました(僕はほとんどこれが目当てでした) 

 

 ワーカーズチャレンジに参加していく中で、段々本気で働きたいと思い、サポステから5人働いていたSといういちご農園で、もう求人は終わっていたけど、僕が松田さんに無理を言って交渉してもらい働かせてもらうようになりました。

 

 僕は働くのがこれが初めてでかなり不安でしたが、職場の皆さんはとても優しくて、初めて働く僕にはここで働くことの喜びがわかりました。また初めてお給料を頂いて、好きなものを自分で買える喜びも見つけました。

 

 そんな中S農園で働く僕の頑張りが少し認められて、4月から正社員として雇いたいというお声をかけていただきました。大変光栄なことでしたが、僕は正直悩みました。S農園で働きたいと言ったのは自分ですが、僕が本当にやりたかった仕事は調理師でした。僕は自分の気持ちに忠実に生きてみたいと思い、仕事を辞めて、去年の4月から調理師の専門学校に通いました。

 

 調理師学校で1年間頑張って何とか就職も決まり、先日サポステに報告に行くと、以前にお世話になった先生方がとても喜んでいて僕もうれしかったです

 その日の会話の中で、松田さんから若者にメッセージをということなので、まだまだ未熟な自分だけど、アドバイスさせてもらいます。

 

 僕はひきこもっている時に、色々な本を読みました。特に自分の心に残った2冊の本があります。

 

 1冊目の本は岡本太郎の「自分の中に毒を持て」という本です。その本の中にこんなことが書いてありました。これは岡本太郎の言葉です。

 

「僕はいつでも、あれかこれかという場合、これは自分にとってマイナスだな、危険だなと思う方を選ぶことにしている。誰だって人間は弱いし、自分が大事だから、逃げたがる。

頭で考えて、いい方を選ぼうなんて思ってたら、何とかかんとか理屈をつけて安全な方に行ってしまうものなのだ。かまわないから、こっちに行ったら駄目だ、と思う方に賭ける。」

と書いてあったのを見て、僕も少しずつ実践してきました。僕にとってひきこもりの生活を続けるのは安全な道でした。逆に人と接して働くことはマイナスでした。でもこの言葉を見て自分も変わらなければと強く思いました。この本が僕に変わるきっかけを与えてくれたのは間違いないです。

 

 次に紹介したい本は「イチロー262のメッセージ」という本です。この本は僕がくじけてしまいそうな時によく読んでいました。イチローの名言が僕のモチベーションを上げてくれました。その名言を少し紹介します。

・小さなことを積み重ねることがとんでもないところに行く ただひとつの道

・自分の思ったことをやり続けることには後悔がありません。もしそれで失敗したとしても後悔は絶対にないはずですから。

・一試合一試合ベストを尽くしましたし、準備を怠ったことはなかったと思います。

・満足の基準は、少なくとも、誰かに勝ったときではありません。自分が定めたものを達成した時に、出てくるものです。

・少し自分を失ったときにどういう自分でいられるかなのです。苦しいですが、あきらめない姿勢があれば、なにかをつかむきっかけになります。

こういう言葉が僕をとても支えてくれました。

 

 松田さんから何かサポステのみんなにメッセージをということで長々と書いてきましたが、一番効果のある方法があります。それは夢に日付を入れて、それを毎日見るのです。僕は調理師になりたかったから、去年の2月に「20113月調理師免許取得」と書き、それをいつも見ていました。こうすることで自分に迷いがなくなります、サポステの皆さんにもぜひおすすめします。

 

 僕はサポステには2年くらい通いました。その間色々な先生や相談員の方にとてもお世話になり、感謝の気持ちでいっぱいです。本当にありがとうございました。

 

PS 松田さんへ 僕すごいがんばって文章書いたので、僕の働くお店に毎月来てください。

********

改めて、ほんまにおめでとう。
そして不眠不休の文章、ありがとうな!
これから毎月、お店に行くので、御馳走してや~。

~お祝いと感謝をこめて~ 松田 考

火, 2011-03-15 11:06 | saposute

このたびの地震で被害に遭われた皆様に、心よりお見舞いを申し上げます。

さっぽろ若者サポートステーション
スタッフ一同

(お知らせ)
救助を待っている皆様、救助活動に奮闘されている皆様、そのご家族や関係者の皆様を応援するための義援金活動などが、全国各地の若者支援団体のホームページにも紹介をされています。

若者の力を、あるいは若者を応援する気持ちを、被災地に具体的な形で届ける、そんな取り組みです。

日本を代表する若者支援NPO(侍学園さんと「育て上げ」ネットさん)の理事長さんのブログを下に紹介しておきますので、ご興味のある方はぜひご覧になってみてください。
いずれも若者支援の団体が窓口になっていますが、全額「被災地支援のプロ」に寄付されます。
http://samurai.naganoblog.jp/
http://blog.goo.ne.jp/mpnet

さっぽろ若者サポートステーション
松田考

土, 2011-03-05 18:40 | saposute

松田です、本日2回目の投稿です。

今日はご家族の方々との会合がありました。
毎月第3土曜日に実施しているものとはまた別の集まりだったのですが、やはり「家族の会」に出ると、皆さんの想いが伝わってきます。(もちろん「分かる」なんて大それたことは言えません。)

「そもそも子どもがサポステさんに行く気になってくれないので・・・」という親御さんのお話もよく聞きます。

当然、ご本人にとっても、
・行きたくても行けない
・どうせ行ったって、解決するとは思えない
・そんなとこに相談に行くなんて、抵抗がある
・まぁ、そのうちもし気が向いたら行くけど
・ブログがうさんくさくて信用できない
など、さまざまな理由があると思います。

こちらに来られない方に対して、うちは「スタッフがご家庭に訪問して相談に乗ります!」という看板は掲げていません。
今の人員体勢も踏まえて、中途半端に実施することはかえって無責任にもなりますし。

そのぶん、お電話で「相談する気はないけど、どんなところか教えて?」と聞いてくださってももちろん構いませんし、当ホームページではスタッフやプログラムの雰囲気を感じていただくための動画サイトも設けています。

ただ・・・

そうは言っても・・・

もし、親御さんを通じてでも「そちらには行けない(行かない)けど、どこか別のところでなら話してみたい(会ってみてもいい)」なんていうご本人のオファーがあれば、「うちは訪問は実施しておりませんので」と断る自信はないです。
それはもう、全く自信がないです。

つい、「外勤のついでに、私でよければ、お伺いしますね。」とか「女性の方でしたら、ちょうどうちに話を聞くのが上手な女性スタッフがいるので、近くの喫茶店でセッティングしましょうか?」なんて言ってしまいそうです。

「今回は例外で」なんて魔法のフレーズを、ポロリと言ってしまいそうです。

立場上、こんな本音を漏らすのはここまでにしますが、きっとうちのスタッフも同じようなことを考えています。(こんなこと言っちゃっていいのかなぁ。みんな、勝手に書いてごめんな~)

こんな風に私たちも、自分たちに何ができるだろうかと、悩んでいます。
支援の押し付けではなく、本当に必要とされているのはどんなことなんだろうかと、迷ったりもしています。

そう考えると、親御さんやご本人と一緒になって、困り、悩みながら、歩んでいくことが、まずは私たちにできることなのかも知れませんね。

何だか頼りない感じですみません!

スタッフ 松田 考

土, 2011-03-05 10:29 | saposute

新年あけましておめでとうございます。
スタッフの松田です。本年もどうぞよろしくお願いします。

・・・すみません。

昨日、職業訓練にすすんだ方が久しぶりに顔を出してくれたと思ったら「松田さん、ブログもう辞めたの~?」なんて言われてしまいましたので、一念発起して書いている次第です。

「明日あたり更新しなきゃな」なんて思っているうちに、12月が過ぎ、年が明け、そして冬が終わろうとしています。
そんな感じで、「明日こそ、なんて思っているうちにアッと言う間に時間が経つんだぞ」というのを身をもって体験したわけです、ハイ。

いや、でも読んでくださる方がいるって分かったので、また頑張りますよ!

たぶん。

いや、きっと。

充電期間中(?)にもいろんなことはありましたが、それは忘れて、またこれから日々徒然なるままに、綴っていきたいと思います。

要は、これからも相変わらずダラダラと思っていることを書きますね、ってことです。
今日は初日なので、あんまり頑張って書いて明日から燃え尽きても困るので、これくらいにしておきます。(こんな言い訳ばっかりの私を、誰か叱ってください。できれば優しめに。) 

とりいそぎ、年始のご挨拶まで。
本年も、たくさんの方と、小さな幸せをご一緒できますように。

札幌市若者支援総合センター
(さっぽろ若者サポートステーション)
松田 考

日, 2010-11-28 18:02 | saposute

松田です。ブログ強化月間は、もうすぐ終わりそうです。
ブログらしく、今日を含めた最近のできごとを報告します。

今日は、国政・市政を含めた公明党の方が施設の視察に来られました。
国会議員の方が来るなんて、なんだかすごいことだよなぁ、と人ごとのように思います。

視察先に選ばれた理由を聞くのは忘れていましたが、きっと一つには札幌が魅力的な街だということがあるでしょう。
「どうせ視察に行くなら飯の旨いとこにしようぜ」というのは誰しもが思うことです。(私も、飛行機は嫌いですが出張は好きです。次は日本海側の新潟あたりか、思い切って九州に行きたいです。理由とお金さえあれば、ですが。)

でももしかしたら、「札幌市若者支援総合センター(さっぽろ若者サポートステーションも含めて)というところが、どうやら一生懸命がんばっているみたいだぞ、いっちょ見に行ってみるか」ということもあるのかも知れません。
来られた皆さんは、とても熱心に話を聞いてくださいましたし、素直にありがたいことです。

他に、11月23日には「さっぽろ子ども・若者支援地域協議会」によるユースアドバイザー養成講習会の講師として、精神科医の斎藤環さんにお越しいただきました。
斎藤先生は「若者の社会的ひきこもり」という分野においては知らない人はいないくらいの方で、札幌にいながらにしてお会いできるなんて、本当に光栄ですしありがたいことです。
もちろん、講習会で頂いたお話も、とても示唆に富んだものでした。

それから最近では、一昨日の金曜日に「フリースクール等で子どもを育てる親の会」さんが主催する勉強会にお招きいただいて、若者支援の現状をお話してきました。皆さんとても勉強熱心な方たちで、とても興味を持って話を聞いてくださいました。私はそのあと、調子に乗って飲み会まで参加してしまいました。

このように、著名な方や、政治力を持った方、あるいは自分の話を熱心に聞いてくださる方々とお会いできるのは、何だか嬉しかったりします。
でも、それで自分が大物になったような勘違いをしないようにしなきゃな、とも思います。

まぁ、今日はうちの札幌市若者支援総合センターが主催する吹奏楽のイベントが別の場所であって、「人手が足りないから、松田さんは館で留守番しといて」なんて部下に命令されて、一人さびしく事務所でブログ書いているあたり、充分に小物ですね。

スタッフ 松田考

日, 2010-11-28 16:37 | saposute

まだまだ書きます。強化月間ですもの。

先日、高校生と面談をしていて「働こうかどうか、まだ決めかねている」と言われました。進学と就職を迷っているということではなく、進学はしないと決めたけれど、働くか働かないかを迷っている、ということです。

なぜかといえば、働く理由も、働かない理由も、決定打に欠けるから。
だからこんな曖昧なままで就職採用試験を受けてもいいのかどうか「迷って」いるというのです。
もちろん、勤労と納税は国民の義務なんだぞ!なんていう理屈は通じません。

皆さんなら、彼にどんな言葉をかけますか?
働く理由も働かない理由も見つからない場合、どうすれば良いと思いますか?
いや、そもそも人はなぜ働かないといけないのでしょうか。

まぁ、これらはけっこう使い古された問いかけですが、世の中には大きくわけて「衣食住、つまりは生きるため」説と「自己実現や社会貢献のため」説があるように思います。
もちろんどちらも間違いではありませんし、前者と後者の関係(たとえば、まずは生きるために働き、やりがいは後から追求せよといった意見)も、語り尽くされています。

じゃあお前はどう考えているんだ、と言われるかも知れませんが、私は、働く目的を「生きる」+「社会貢献」=「みんなで生き延びるため」と捉えて、説明することがしばしばあります。

たとえば、30人で無人島に遭難したとします。
全員で生き延びるために、見張りをする者、魚を捕る者、作物を育てる者、子どもに教える者、それぞれに「自分にできること」をします。
それは、リーダーのような人から頼まれる役割かも知れませんし、自ら得意分野で貢献しようと考えるかも知れませんが、いずれにしても「生き延びるために、力を合わせる」のです。
これが働くことの基本です。

これが1億2000万人になっても、原理は同じはずです。
ただ違うのは、30人の頃は全員が力を合わせなくては生き延びられなかったのに比べて、1億2000万人が生き延びるためには、何人かはサボっていられるということです。
(実はもっと決定的に違うのは、「俺たち、共に生き延びよう!」という仲間意識の有無ですが、これはいったんおいておきます)

人数を増やし、効率よく役割分担をし、文明を発展させることで、何人かが楽をしても生き延びられる世の中が実現したのです。30人の“初代メンバー”からすれば、何とも羨ましい「社会」の実現です。
しかし、これは裏をかえせば、役割をもらえない人が出てくるということです。
「特にお前は何もしなくていいから、邪魔だけはしないでね」と言われてしまう人が出るということです。

それは、人が、あるいは社会が、人を持て余す世の中です。

一人が一人ぶん、必要とされない世の中です。

どんなにしんどくても、「よくやってくれた、ありがとう。明日も頼むぞ」と言われれば、人は頑張れます。
一方で、「お前は何もしなくていいから」と言われ続けながら、役に立とうと努力し続けるのは、至難の業です。

ちょっと話はそれますが、先日、とあるテレビ番組で「セルフ化を導入し、経費削減に成功したガソリンスタンドや居酒屋」がビジネスモデルの一つとして紹介されていました。

このように、みんなでよってたかって「働かなくても、力を合わせなくても、生きていける世の中」を作ろうとしている一方で、偉い政治家が、雇用を人工的に生み出すことを説いています。
私も、雇用を生み出すことは大賛成です。
でも、なんだか、変な感じです。モヤモヤします。

人が人として生きていくには、自尊心と生活費の両方が必要です。
働くというのは、これらをいっぺんに手に入れることです。
だから人は、仕事を求めるわけで、ボランティア活動による自尊心だけでも、公的扶助による生活費だけでも、本当の意味で、人は満たされてはいないのです。(と私は思っています)

そう考えると、どうやら「みんなで働かなくても、力を合わせなくても、全員が生きられる世の中」が実現しても、結局のところやっぱり働いている人だけが(人らしく)生きることを許される、という矛盾がモヤモヤの正体な気がします。

話は最初に戻ります。
「あなたは働き手として社会から期待されているんだよ」という実感を到底持ち得ない環境におかれた子どもたちに、私たち大人が発することのできるメッセージは何でしょうか。
私たちがこれから子どもや若者と一緒になって作りたいのは、どんな世の中でしょうか。

ご意見ありましたら、サポステ宛のメールにてぜひお待ちしています。

スタッフ 松田考

日, 2010-11-28 15:32 | saposute

こんにちは、スタッフの松田です。
これまでサボっていたぶん、今日はたくさん更新したいと思います。

最近、「松田さん、お忙しいみたいですね」というようなことを言われることが増えました。
でも自分では(さすがに「ヒマだ」とは言いませんが)高校や大学の同期と話していても、同世代男性の平均的な仕事量だと思います。
まぁ、ほとんどの方は時節の挨拶程度にこの言葉を使っているんだとは思いますが、最近はあまりに頻繁に言われるので、「なぜ忙しそうに見えるか」を何人かに聞いてみました。

答えはだいたい以下のような感じです。

①ブログで「最近、○○の集まりに行ってきました」みたいなことが書いてあるから。
・・・ブログをご覧いただいて「あぁ、そんなこともしているのね、大変ね」と思っていただいているようです。が、ハッキリ言って私はそんなに売れっ子ではありませんので、誤解です。いや、そもそも講演家や評論家ではありませんので、引っ張りだこになっても困るのですが。
ただ、何もきっかけが無いとブログが書けないので(でないとブログではなくエッセイになってしまうので)、何かイベント的なことと引っ掛けて書いているだけです。

②顔が異常にやつれている、やせてきた
・・・「あぁ、やつれるくらい忙しいのね」と思っていただいているようです。ご心配をいただいてありがたい限りですが、これまた誤解です。
思うに、単純にお肌の曲がり角にさしかかっているというか、ちょうど一気に老け込む年齢なんじゃないかと。体重もそんなに変わってないハズですし。
好青年からチョイ悪オヤジに変貌をとげる、サナギの時期だとご理解いただけると嬉しいです。

③ブログの更新が滞っているから。
・・・「あぁ、ブログを更新する時間もないほど、忙しいのね」と思っていただいているようです。もしかするとこの理由が一番多いのかも知れませんが、これまた誤解です。
私のデスクの上や、部屋を見たことのある方は分かると思いますが、何といいますか、私は実はあまり「ちゃんとしていない」人間なのです。時間があるとかないとかは別に、マメに更新するのが苦手なだけです。

あと、これは本当は言いたくないのですが、今月は強化月間と言っておきながら更新をためらっていた最大の理由があります。
それは(う~ん、言いたくない)、先日、私の母(実家の大阪に住むオカン)とやりとりをする機会があって、そのときにどうやら母親がこのブログを見ているような雰囲気を感じたのです。
皆さんは、いっぱしの男がオカンに文章を見られるなんて、どれだけ辛いことか分かりますか?どんだけ罰ゲームよ!ってことです。
いや、私の思い違いだと信じたいのですが、もし万が一、オカンがグーグルで「松田考」と息子の名前を検索していたとしたら・・・想像するだけでぞっとします。
それにしても、もし本当に読んでいたとしたら、この記事を読んで「あ、お母さん出てるやん!」なんて、喜ばれてしまうのかなぁ。大阪のオバチャン、恐るべし。
いや、それはないと信じよう。

とまぁ、こんな感じで、何が言いたかったかというと

○ほとんどの方は時節の挨拶程度に「お忙しいようですね」を使いますが、どうせ大した意味もなく使うなら、私は「今日も素敵ですね」を使いこなせる男になりたいです。
○社交辞令も含めて「お忙しい」と仰ってくださるお気持ちはありがたいですが、私は実はそんなでもありませんので、かえって恐縮してしまいます。
○私は健康ですが、アンチエイジングにお勧めの方法をご存知の方、教えてください。
○たまには、こんな軽い感じのブログも書いてみたかったのです。
○おかん・・・ブログを読むのだけはホンマ勘弁して!あ~実家のパソコン壊れてくれへんかなぁ。

ということです。今日は、まだまだ書きます。

松田 考

土, 2010-11-06 21:03 | saposute

こんばんは、松田です。今月はブログ強化月間に挑戦です。

今週、学校の先生方と会食させていただく機会がありました。中学校・高校・専門学校からお一人ずつと私とで、キャリア教育を考える小さな集いです。
大きな会合と違って、濃密な議論ができて面白かったです。

最近、高校生との面談で感じていた疑問についても、その席で先生方にぶつけることができて、とても勉強になりました。
その疑問と言うのは、日本の教育は「子どもの可能性を広げること」を無条件に良いこととして扱っていませんか、というものです。

諦めなければ何でもできる。可能性は無限大だ。
たくさんの職業を知って、人生の幅や選択肢を増やそう。

気持ちは分かります。

「でも」と思うのです。
少しでも多くの可能性を、少しでも長く残しておこうとすることは、果たしてそんなに良いことなのかと。
可能性を広げたあとに、その中の一つを選びとるための目も、ちゃんと養われているのですかと。

と言うのも、私たちは生きていくうえで、常に何かを選択しています。お昼ごはんにチャーハンを選んだり、Aさんと付き合うことを選んだり、弁護士という仕事を選んだり。

これは同時に、ラーメンを食べないこと、Bさんと付き合わないこと、声優にはならないこと、を意味します。
つまり、数ある中から一つを選ぶということは、残りの選択肢を(とりあえず今は)捨てる、ということです。実際には、何かを諦めないと何かを選べないのです。
昨日より今日、人生の可能性は減っているのが当たり前で、そのぶん昨日はできなかったことが今日はできるようになっていたりするのです。

ところが、子どもたちが育っていくプロセスには、選択肢を増やす(可能性を広げる)ための試みはたくさん転がっているのに、実際に選択する(可能性をそぎ落とす)という訓練がとても少ない気がするのです。
「とりあえず全日制普通課の高校に行っておけば」「とりあえず大学に行っておけば」というのは実際には選択ではなく保留なのに、誰もそれに異議を唱えていない気がするのです。

これはなぜか。

人に何かを諦めさせるというのは、とっても心が痛むからです。
いつまでも、たくさんの可能性と選択肢を子どもたちに持たせておいてあげたいという大人たちの優しさが、「たくさんの職業を知ろう」というキャリア教育は生み出しても「ほとんどの職業を諦めよう」というキャリア教育を避けるのです。

誤解を恐れずに言えば、中学校にほとんど通えなかった子(いわゆる不登校の生徒)に、人生の選択肢が狭まらないようにと高校復学を応援するのも大切ですが、他の子と同じだけの選択肢を持とうとすることを捨てて、「英語だけは極める」「料理のプロになる」といったように目標を定めるという方法もあると思うのです。

この問いかけは、3歳のときからプロゴルファーの英才教育を受けさせるのが是か非か、と似ています。
ちなみに私の考えでは、
①根拠があって、プロゴルファーに適性があると見極めた
②本人もそれに賭けてみたいという意思がある
③その道に失敗しても、人生全体を幸せに生きることを諦めない自信がある
の3点が重要だと私は思っているので、この場合ではNGですが、不登校の事例で言えば、OKな場合もじゅうぶんにあると考えています。

突き詰めれば、誰が本人の人生に責任を負うのか、ということかも知れないですね。
未来あふれる子どもの可能性をそぎ落とすにはそれだけの責任感もいるでしょうし、適性を見極めるだけの技量もいるでしょうし、万が一失敗を負わせた場合には立ち直るまで付き合うという覚悟もいるでしょう。

この「子どもの人生に責任を負う大人」を、親や先生だけではなくたくさんの大人たちで担うことができれば、もっと教育は(学校教育も家庭教育も)良くなるんじゃないかなぁと、前回のブログに引き続き地域社会の大切さに行き着いて、今日はおしまいにしたいと思います。

スタッフ 松田

月, 2010-11-01 14:19 | saposute

こんにちは、松田です。
昨日と今日の二日連続の更新です。これで10月と11月の二ヶ月分のノルマを一気にクリアです。

最近、児童相談所の方から虐待に関する話を聞いたり、親御さんからのご相談をお受けしたりするたびに、家族(親)にかかる負担の大きさを実感しています。

「子どもは日本の未来だ!」「社会全体で育てよう!」というような言葉もアチコチで聞かれますが、実際には家族が最後の砦になって、子ども・若者のホームレス化を食い止めているのが現状です。

学校しかり、私たちのような支援機関しかり、ご本人が「来なく」なってしまえば、支援はできません。これは、支援をさせてもらえないのと同時に、誤解を恐れずに言えば支援する責任が無くなることを意味します。
(もちろん学校の先生も「卒業したら知ったこっちゃない」とは思っていないでしょうし、私たちも「来ない人は支援対象外」と割り切っているわけではありません。念のため。)

一方で、親御さんが「子の自立」についての責任から解放されるのは、いつでしょうか?
義務教育の卒業でしょうか。子が成人を迎えた日でしょうか。親が定年退職を迎えた日でしょうか。

多くの親御さんが「私が死んだあと」あるいは「私たちが面倒見れなくなったあと」のことをご心配されているのを聞く限りは、「死ぬまで、限界まで」といったスパンでお考えなように私は思います。

これは、子を思う親の気持ちとしては自然なのかも知れませんが、あまりにも過酷です。
こういった親心につけこんで(?)心理的な負担も経済的な負担も、全てをご家族に負わせる世の中でも良いのだろうか、と思います。

親御さんの背負っていらっしゃる覚悟を、少しでも軽くするためにできること。
これが私たち若者支援に携わる者の、目指す方向の一つかも知れません。

ただ、私は、若者支援に携わっている機関だけが、その役割を担うわけではないと思っています。
家から出られない若者が「親にも言えない悩みを話せる相手」は、カウンセリングの専門家よりも、小さい頃に遊んでくれた近所のオッチャンかも知れません。履歴書のほとんどが空白の若者に仕事を紹介できるのは、ハローワークよりも親戚のオバチャンかも知れません。

そういった、「旧きよき人のつながり」みたいなものと「新しいノウハウを持った専門家」との両方が、必要なのです、きっと。
私自身は、運動家という役割があまり得意では無いのですが、幸い、私の所属する(財)札幌市青少年女性活動協会というところは、そういった「旧きよき地域づくり」みたいなことを諦めもせずに取り組んでいる団体です。

もしかしたら、「泥臭い団体が取り組んでいる最新の支援ノウハウ」みたいなのが意外と有効なのかな、なんて思っています。
終わり無き覚悟を背負っていらっしゃるご家族の方々の、力になりたいと思っています。

スタッフ 松田

(追記)
いろんなところで自立の定義を聞かれることがあるのですが、私は「親御さんが『もうこれで私がいなくても安心』と思える状態」と答えています。

土, 2010-10-30 12:47 | saposute

最低月に一度の更新を自らに課しつつ、「10月はいつ更新したっけ?」とホームページを開いて青ざめてしまった松田です。
ギリギリ間に合いました。今月分のブログです。

10月も札幌はいろんなことがありましたねぇ・・・急に雪が積もったり、もとハンカチ王子の交渉権を北海道日本ハムファイターズが獲得したり、北海道大学にゆかりのある方がノーベル賞を受けたり。

さて、そんな中でやはり私が触れておかなきゃ、と思うのは10月22日の「第2回さっぽろユースアドバイザー講習会」です。
「長期的な自立という視点からみたときの、不登校支援のあり方」をテーマに、大学の先生の講演と、市内の関係者を交えたパネルディスカッションを実施しました。

特にパネルディスカッションに関しては、私が企画と進行をさせていただいたのですが、結論から言うと、ご登壇あるいはご参加いただいた方の期待に応えられたとは到底思えず、凹んでいます。

臨床心理や教育行政、フリースクールといった立場を代表する方からご登壇いただき、「どうすれば不登校というリスクの芽を、その後のご本人の人生に深刻なダメージを与えないようにできるか、あるいは場合によってはプラスの経験に変えることはできないか」、といったことをそれぞれの切り口から語ってもらおうと思っていたのですが、いざ始まってみると、パネリストの皆さんの持ち味を引き出すような質問や進行ができたとは、到底思えないまま終わってしまいました。

これはきっと、せっかくの美味しい素材を料理に活かせなかったときのシェフと同じ感覚ですね。実際、うちの職場にもカフェコーナーがあって、利用者さんや職員がたまに賄いを作ってふるまうのですが、私はしばらく包丁を握るのはやめたいと思います。皆さん、しばらくは美味しいと評判の和食とイタリアンはお預けです。

・・・とまぁ、終わったことをいつまでもウジウジ反省していても仕方がないので、次に向けて頑張ります。

この講習会は毎月1回のシリーズものなので、次回は「思春期のメンタルヘルスと引きこもり」といった感じのテーマで実施します。
講師は「社会的引きこもり」という本を書いていらっしゃることでも有名な、精神科医の斎藤環先生をお招きします。
前回の構成と同じく、前半は講師にお話をいただいて、後半はそこに札幌の関係機関も交えてパネルディスカッションの予定です。

ディスカッションでは、もちろん全員が納得するような結論は出るはずがありませんが、少なくとも何か一つは、聴いている方にヒントを持ち帰っていただけるような、そんな進行をしたいと思います。
ただの知識ではなく、明るいきざしを期待できるようなヒントを議論から生み出したいと思っています。
そもそも斎藤環先生なんて、ちょっとやそっとでは呼べないような方ですから、それに便乗して「本当に今日は来て良かった」と少しでも多くの方に思って帰っていただきたいのです。

・・・いかん、自分にプレッシャーをかけている気がします。
高く上げすぎたハードルは、どうやら弱りぎみの私一人では越えられない気がしてきました。
ということで皆さん、斎藤環さんにこんなことを聞いてほしい、ディスカッションではこんな部分に触れて欲しい、なんていうご希望がありましたら、サポステまでメールください。
 h-support.st@katsudokyokai.or.jp です。
これで、ディスカッションがうまくいくかどうかは、私だけでなくてこのブログを読んでいる全員に委ねられましたね。うんうん。

もし本当にたくさんご意見をいただけるようなら、頑張って月に1回ではなく、週に1回くらいのブログ更新を目指します。
ご意見よろしくお願いします!

スタッフ 松田

(おまけ)メールを下さる方は、迷惑メールと見分けがつくような件名でお願いします。最近、日に何十件も迷惑メールがあり、件名も明らかにエロスな言葉だけじゃなく「Re:先日お世話になった件で」なんてのも入ってきて、困っています。サポステに相談のメールしたけど返ってこない、なんて方がいらっしゃったら、申し訳ありませんが間違って削除してしまった可能性があります。
「和食とイタリアンが得意な松田さんへ」というタイトルにしていただければ、確実に読みますので。
よろしくです!