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ブログ

月, 2011-11-28 20:16 | saposute

めっきり寒くなりましたが、皆様お元気ですか?

ブログもすっかり滞っておりますが、書きたいことはたくさんありますので、近いうちに更新したいと思います。もし楽しみにしてくださっている方がいらっしゃったら、すみません、もう少しお待ちください。

あ、そう言えば、一つだけ今のうちにお伝えしておきたいことがあります。

先日、新聞記者さんに取材をしていただいたので、近くこちらの記事が掲載されるかも知れません。私どもの活動をとりあげて頂いて、とてもありがたいことです。

ただ、新聞に限らず何かの取材をお受けした場合には、こちらが話したことが切れ切れになって、また繋ぎあわされて文章になるわけですから、もしかしたら私の真意とはズレが生じる可能性もあります。

例えば「誤解を恐れずに言えば~~」の前置きを省略されてしまうと、それこそ誤解を招く可能性があるわけですし、「NEETやひきこもりと呼ばれる状態にあって、こちらのセンターに来られた方の中には~~」という発言を「NEETやひきこもりは~~」と省略されることで、とても危険な偏見を生む可能性だってあるわけです。

そんなわけで、もし記事をご覧になって、怒りや失望を感じられた方がいらっしゃいましたら、ごめんなさい。もしかしたら誤解かも知れないな、と思っていただけると嬉しいです。

そして、「そんなこと言うくらいなら、取材なんて受けなければいいじゃん」と思われた方。

全くもって、そのとおりだと私も思っています。

ですが、私たちのことが新聞に載るたびに「もっと早くに、こういうセンターがあるって知っていれば、こんなに苦しまなくてすんだのに!」と嬉しい文句(?)を言ってくださる方が、やはりいらっしゃるので、できるだけ取材は引き受けたいとも思うのです。

また、札幌にはさまざまな支援機関があるなかで、「私たちのセンターだけが有名になれば良い」ということでもありません。
記事を見て私たちのセンターに来られた方のご相談を聴いて、よりピッタリな機関に繋ぐことができたということもこれまでにありますので、「まずは支援機関の存在を知る、とりあえず行ってみる」というきっかけになればいいなと思っています。

・・・3分くらいで「ブログを辞めたわけではないです」というご挨拶だけ書こうと思ったら、意外と長文になってしまいました。腹ぺこです。
今回は何だか言い訳めいた(?)ブログになってしまいましたが、次回からは、楽しい話を更新したいと思います。
これからもよろしくお願いします!

スタッフ 松田

木, 2011-10-27 08:45 | saposute

厳しさってどういうことなのか、よく分からなくなってきている松田です。

さて、書き出しとは無関係ですが、うちのスタッフが良い仕事をしてくれました。身内ながらファインプレーなので、松田の私物と化したこのブログでも紹介させていただきます。

↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓

http://movie-rep.blogspot.com/

↑↑↑↑↑↑↑↑↑↑↑↑↑↑

ムービーリポートの開設です。

いままでも動画紹介サイトにて、サポステや関係機関、各プログラムの紹介を動画で見られるようにしていますが、もう少し日々の何気ない一コマを気軽に見られるようにと、新たに追加したものです。

言うなれば、施設の紹介をしているのが動画紹介サイト、日々の様子を中継しているのが新たに開設したムービーリポート、といったところです。

このムービーリポートを通じて、特に当サポステに来所しようかどうか迷っている人に、日常の風景をお見せできれば、と思っています。

やはり、人は新たな環境(会社やサークルなど)に飛び込むときには「いつ・どこで・どんなことをする」といった事実と同時に「どんな雰囲気のところか」といった文字で表せないような情報が気になるものです。

それを感じてもらうためにも、利用者さんのプライバシーには配慮しつつ、スタッフや利用者さんへのインタビューなんかも更新していけたらいいな、と思っています。

私ではなく、うちのスタッフが頑張って作成・更新してくれているので、皆さんもぜひちょくちょく覗いてやってください。

http://movie-rep.blogspot.com/  ムービーリポートです。

****

以下はおまけです。

先日、秋田県に出張に行ってきました。
先方から「空港にお迎えを行かせますね。面識がなくても、黒くて派手な服装で行きますのでパッと見たら分かるはずです。」なんてお聞きしていて、「黒いのに派手??」と半信半疑で空港に降り立ったところ・・・

なんと、メイドさん(?)がお迎えに来て下さいました!

思わずテンションが上がってしまい「すみません、ぜひ写真を一緒に撮らせてください、そしてブログに載せさせてください!」と初対面ながらにお願いし、秋田空港をバックに記念撮影をしてしまいました。

過去に秋田出身の後輩(女性)が入社してきたときに、「秋田出身の美人のことを秋田美人というのであって、秋田出身イコール美人というわけではないんだな」「秋田小町というのは、秋田県の女性のイメージではなく、お米の銘柄を指すんだな」というのを悟ったことがあります。

・・・アッコごめん!寿退社のお祝いのメッセージだと思って許してくれい。

とまぁ身内ネタはさておき、今回空港にお迎えに来て下さったのは、正真正銘の秋田美人、秋田小町でした。

ただ、残念なのは、服装は、ビジュアル系(?)バンドのライブ用であって、正真正銘のメイドさんではなかったことです。
お出迎えのときも、「お帰りなさいませ、ご主人さま」ではなく、「札幌の松田様でしょうか、お疲れさまです、お世話になります」みたいな、ビジネスパーソンとしては100点ですが、メイドとしては残念なご挨拶を頂きました。

これ以上書くと、部下から冷たい目で見られそうなので止めておきます。

一応、秋田には仕事で行ったんですよ、念のため。

スタッフ 松田考

火, 2011-10-11 19:35 | saposute

優しさって何なのか、分からなくて悩んでいるスタッフの松田です。

書き出しとは全く関係ありませんが、先日、健康診断の精密検査に行ってきました。

健康診断は職場を通じて毎年受けに行っていて、8年ほど前には「尿から血とタンパクが出てますよ」という結果が3年くらい続いたので精密検査を受けてみたところ、腎臓に病気が見つかって入院したという経験があります。

で、今回行ってきたのは、血液の検査です。

ここ5年くらい、血中コレステロールに関する「要精密検査」の結果が出ていて、母親が同じように高いこともあって「これはもう遺伝の問題だな」と放置してきたのですが、最近になって、ワタシの体に気になる症状が出始めました。

どんな症状かというと「小さな鉄製のコンペイトウが、血管の中でガガガガ~って暴れているみたいな強い痛み」が、2日に一回のペースで何の前触れもなくやってきて、10秒くらい続いたあとケロッと収まってしまうというものです。

この痛みは、いつも足の同じ場所で発生するのですが、これがちょっとずつ心臓に近づいてきたらイヤですし、「血中コレステロールと何か関係があるのかな?」ということで、精密検査で相談しようと思ったわけです。

と、前置きが長くなってしまいましたが、とにかく健康診断を受けたセンターに改めて、精密検査を受けに行ってきたわけです。

受付で、診断結果と保険証を出して「要精密検査っていう結果を頂いたので改めて来ました」と告げ、しばらく待つと、診察室(?)に呼ばれます。

白衣にちょび髭のおじさんと向かいあって座ったところ、まず「コレステロールが高いね、栄養の取り過ぎか、運動不足か、どっちかだね」と先制パンチ。

それに対して「コレステロールは母からの遺伝もあるようです、体重も年々減っていますし、通勤には自転車に乗るよう心がけています・・・」と軽く反論をする私。

すると「自転車の時間は何分くらい?片道20~30分?それじゃあ足りないなぁ、もう少し毎日運動しなきゃ。」と、これまたグゥの音も出ないような正論が返ってきます。

「いや、毎日運動する時間があったらそもそも苦労せぇへんがな。っちゅうか、何で検査に来て説教されなアカンねん。」と、これはもちろん口に出して言わなかったですが、ちょっぴりウンザリする私。

で、まぁそんなことよりも足の痛みについて相談するのが今回の目的なので「先生、こんなことがあるんですが、今回の結果と何か関係がありますかね」と聞いてみたところ・・・・

聞いてみたところ・・・

ところ・・・

「う~ん、それは病院に行ってお医者さんに相談してみてくれる?」

との答え。

それを聞いたワタシは「そうですよね~、それは病院でお医者さんに聞くべきですよね・・・って、えぇ?!」と思わずノリツッコミ。(実際にはしませんでしたが)

じゃあ、丸くてクルクル回る椅子があって、隣のベッドには四角い枕が乗っかってるこの部屋は何なの?

俺の目の前で、白衣を着て聴診器を首にぶら下げてヒゲまで生やしてるあなたは誰なの??

というのがそのときの私の感覚です。

んで、キツネに化かされたような気分で、何とか言葉を選びながら「では、ここはどこで、あなたは誰なのですか?」ということを聞いてみたところ「ここは健康診断センターであって、病院ではない。私は診療部長であって医者ではない。」みたいな答えが返ってきました。

よくよく考えたら、確かにそれが正しくて、私が間違いです。
病院ではなく、健康診断センターっていう看板も出ています。
私が無知だっただけなのです。うん、いや、そうなのです。

何とか気を取り直して「では、何科の病院に行けばいいですかね?」と聞いたら「そうだねぇ、まずは整形外科に行ってみて」という答えで、これまた私にとっては予想外な展開。
まさに「どんだけ俺の予想を裏切るねん」です。(いや、こちらは素人ですから、予想外の回答でもいいんですが)

整形外科ですか?!

捻挫したり、腰が痛くなったりしたら行く、あの整形外科ですか?!

「いや、関節とかの痛みではないんですが、整形外科で診てもらえますか?」と何とか最後の力を振り絞って反抗してみたところ「もし違っても、何科に行けばよいか、整形外科で教えてもらえますよ」とのこと。

ここでもう、試合終了、私のノックアウト負けです。

何のために、仕事をやりくりし、朝食を抜き、時間をかけてここまで来たのか・・・。
せめて知り合いの「お医者さん」に電話をして、「こういう人がいるけど整形外科でいい?」って聞いてくれたりしないものか・・・。

なんてことを思いながらスゴスゴと帰ったわけですが、改めて考えてみますと、対応してくださった先方には実は何の落ち度もありません。
「専門領域以外のことについては、軽々しくアドバイスするべきではない」という責任感のもと、正しいご判断をしてくださったのだとも頭では理解できています。

でまぁ、それはそれとして、私たちサポステはどうか、ということを考えました。

私たちは、相談に来られた方が、時間や交通費や、その他にいろんなことを乗り越えて私たちの目の前にいるということを過小評価していないか?

私たちは、「そんなことはアンタに言われなくても、それができればそもそも相談なんて必要ないよ」と思わせてしまうような説教をしていないか?

私たちは、専門外の相談領域であったとしても、代わりになる専門家へ繋ぐための努力は最大限にしているか?

などなど、今回の経験を自分に当てはめて、教訓としたいと思います。

少なくとも「もう二度と誰にも相談するもんか!」と思わせてしまうようなことだけは無いように。

ちなみに私は、「整形外科なんて行くもんか!」とこの時は思ったものの、痛みがやってくるたびに、「やっぱりとりあえず整形外科でも行ったほうがいいかな・・・」なんてビビっています。

こんな私に、脂肪分たっぷりのシュークリームの差し入れをお待ちしています。

スタッフ 松田考

火, 2011-10-04 20:33 | saposute

皆様こんばんは。

更新頻度が落ちるたびに、気心の知れた利用者さんから「ネタないの~?」とプレッシャーをかけられている松田です。

ネタはたくさんあるんです。いや、ほんとに。

でも今日は、そんなネタを後回しにして、うれしい報告をします。

今日、私の携帯に、以前うちを利用していた方から「経過報告っぽいこと」のメールが届きました。

とても嬉しい内容だったので、「ブログに転載していいですか?」って返信したら、その方もブログを読んでくれているらしく、「別にいいけど・・・他にネタないの?」と言われてしまいました。

いや、ほんまにネタはあるんですよ!例えば・・・・いや、やっぱり今日は頂いたメールを貼りつけておしまいにします。うんうん。

***(以下、コピペ)***

お久しぶりです
4月より働いてきて、無事半年になりました

直接話した方が良いような気もしますが、メールの方が言葉にできるので

で、経過報告っぽいことをします

最初の2、3ヵ月は苦しかったです
朝から緊張して朝ごはんの味が分からないほどに
それでも会社に着いて
仕事を始めたらいつの間にか忘れてました
仕事が出来なくて、とかじゃないので大丈夫です

それからは段々慣れてって今ではそれなりにやってます
週3で始まり、現在は週5でやってます

***(コピペ、以上)***

以上が全文です。

いろんな大変な時期を乗り越えつつ、「それなりにやってます」なんてサラッというあたりが、その方の人柄がにじみ出ていて、思わずニヤリとしてしまいました。

嬉しいメール送ってくれて、ありがとうね!

スタッフ 松田考

金, 2011-09-09 18:33 | saposute

こんばんは、スタッフの松田です。

なかなか更新されないブログにお付き合い頂いている皆様、いつも読んで頂いてありがとうございます。

皆さんは、「高等学校卒業程度認定試験」をご存じですか?

これに合格すれば、高校を卒業したのと同じくらいの学力があるっていうのを認めましょう、っていう試験のことです。

厳密に言えば高卒と同じではないけれど、大学や専門学校を受験できるようになります。
さらには、「高卒以上」と条件が出ている求人でも(厳密には高卒ではないですが)、応募させてくれる可能性がグンと高まる、という優れモノです。

私たちさっぽろ若者サポートステーションで行っている個別学習プログラムに参加して、この試験に合格された方も何人もいらっしゃいます。
あるいは、うちのプログラムだけでは物足りないということで、民間の通信制高校に入学することを決めた方もいます。

この制度の一番ナイスなところは「何とかしなきゃいけないのは分かるけど、何からしたらいいのか分からない」という状態にある方にとって、“動き出すきっかけ”になるということです。
「とりあえず勉強くらいならそんなに人と接しなくてもいいし、高卒資格はあって損はないし、やってみるか」という感じですよね。

行き詰ったときに「とりあえずの目標」を見つけることってすごく大事で、この制度はまさにそこを突いていると思います。

全部の科目に合格しなくても、サポート高の科目履修と併用して高卒を認定してもらえるなんていう救済措置(?)もありますし、とりあえずの目標にするにはピッタリなんです。

高卒認定以外にも、「大学卒業程度認定試験」とか「正社員5年経験程度認定試験」とか、ぜひ作ってほしいものです。
というのは半分冗談ですが、「普通に学校を卒業して、普通に就職して・・・」という「普通ルート」からいったん外れた人にも、いろんな復活の機会があるのはとても良いことです。

いや、そもそも「普通ルート」なんてものは、高度経済成長期の幻でしかなくて「20代前半で就職して30歳前後で結婚して、35歳くらいまでに子どもを産んで、45歳くらいでマイホームを建てて、定年まで勤め上げる」なんて人の方が少数派だというのは、最近ではもう皆が気付き始めていますよね。

問題なのは、それに薄々は気付いていながら、普通ルートの呪縛(?)から皆が抜け切れていないことのように思います。

多くの人は、いったん不登校やひきこもり状態になると、「普通ルート」から外れているという不安から、「普通の幸せが手に入らなくなるんじゃないか」という不安に飛躍します。(特に普通ルートにどっぷり浸かっていたいた親世代の方が)

その不安こそが、「不登校である」とか「ひきこもり状態にある」といった現実以上に、正体不明のプレッシャーとなって、本人や家族にのしかかるのです。

正体不明のプレッシャーは、そもそも正体が不明な相手なので、戦いようがありません。戦いようがないということは対策の立てようがないということで、これはもうとっても厄介です。

逆に言えば、仮に不登校やひきこもり状態に陥ったとして、普通ルートの幻影に脅かされさえしなければ、幸せに生きる道はあるはずなのです。

「普通ルート以外の生き方でも、こんなに幸せに生きられるんだよ」っていうメッセージがたくさんたくさん、それこそ普通に飛び交う世の中になれば、例えつまづいたとしても、一時のひきこもり状態にピリピリすることなく、再び前を向けるんじゃないかと思うのです。

(このブログが、そんなメッセージの一つになればいいなと思っています。)

いったん高校から離れた人には、とりあえずの目標として、高卒認定試験という復活のきっかけがあるのです。
いったん社会から離れた人には、とりあえずの目標として、「普通であらねばならないという思いこみを捨ててみる」というのはどうでしょうか?

「普通であること」と「今の自分」とのギャップを嘆くのではなく、「幸せな自分」と「今の自分」とのギャップをどう埋めるかを考え、動くのです。

そのためのお手伝いが必要でしたら、いつでも私たちにお声掛けください。

それこそ普通じゃない(?)うちのスタッフたちがお待ちしています。

松田考

土, 2011-08-13 20:26 | saposute

全国2,3人の読者の皆様、こんばんは!

「2年間まったく運動をしていない状態で、元気な学生を相手にアメフトをする」という挑戦から無事に生還した松田です。(意味が分からない方は、前回のブログをご覧ください。)

さて、そのアメフトですが、プレーの出来栄えは散々でした。
味方へのパスは思ったところにいかないし、タックルにきた相手にも、普通は避けるかぶち当たるかするものなのですが、私はタックルされる前に自ら倒れこむなど、生きて帰ってこれたこと以外は、全く自慢できない内容でした。

いわば、失態かつ失敗です。

それでも驚いたことに、結構、いやかなり楽しかったのです。実は。

なぜ楽しかったかと言うと、チームメイトが温かく迎え入れてくれたことに尽きます。
転勤族の多いチームということもあって、2年ほど離れているあいだに、7割以上が初対面の人になっていたのですが、それでも皆さん親しく声をかけてくれて、失敗しても楽しくプレーができました。
何だったら、また参加してもいいかなと思えるくらいの、前向きな気分です。

私のアメフトに限らず、人が何かに挑戦したとき、うまくいく(成功)に越したことはありません。
「自己肯定感を育むには成功体験が大切」とかよく聞きますし。

でも、思ったのです。

今回の私のように「失敗だったけど、人には恵まれた」みたいな体験も同じくらい、いやむしろこっちの方が成長の糧になるのではないかと。

「教室でオシッコ(あるいはそれ以上のもの)を漏らしてしまったけど、クラスメートが何事もなかったように接してくれて、ありがたかった」
「テストで0点とったけれど、美人の数学教師が特別授業をしてくれて、大人の扉を開けた」
など、例えがいささか下品で申し訳ありませんが、失敗しても「人」に恵まれればそれはとても貴重で香ばしい体験になり得るのです。

例えを続けます。
一人で10人の不良を倒した番長は、ケンカに勝って(成功して)も孤独ですが、二人で10人の不良にコテンパンにやられた(失敗した)ら、こんな展開が待っています。

「・・・・いてて、おい、ヒロシ起きろ」
「あれ?トオル、俺たち負けて気を失ってたのか」
「それにしても、お前の顔、ひどくやられてるなぁ」
「うるせぇタコ、お前の顔だって」
「よぉ、ラーメンでも食っていかねぇか?」
「いいねぇ、あ!どうやら財布をあいつらに取られてるぜ」
「よし、じゃあ早速、リベンジといきますか」

なんて、青春ドラマも赤面してしまうくらいの友情が深まるのです。

とまぁ、この例えは極端にしても、成功が人を孤独に、失敗が人を豊かにすることは往々にしてあります。
また、一つの成功は次の成功への期待となってのしかかってきますが、「失敗しても死ぬわけじゃないし」という開き直りは、新たな一歩を踏み出す勇気をもたらしてくれると思うのです。

ただ厄介なことに、この「大丈夫な失敗体験」は、ある程度大人になってからじゃないとできないと私は思っています。
よく、「子どもは残酷だ」なんて言うように、やっぱり子どもは、オシッコ(あるいはそれ以上の・・)を漏らしたクラスメートを笑います。少なくとも私の育った大阪の子どもはそうでした。
あるいは、一人の失敗のせいでチームが負けたときに、その人を責めずに励ますくらいの包容力は、どうしてもある程度成長してから身に付くものなのです。

となると、小学生や中学生くらいの時期では「失敗したうえに周りから責められたり笑われたりする」という、二重の失敗体験に陥ってしまう危険があります。
そして、その時期にそれがもとで引っ込み思案になったり、人との関わりを絶ったりしてしまうと、「失敗したけど、周りの人に救われた」という克服の体験をするチャンスを失ってしまうことになります。

そしてもし「失敗=致命傷」という図式がインプットされたまま大人になってしまったら、「失敗を恐れずに一歩を踏み出そうよ」という言葉は、その人にとってはとてもハードルの高い要求に聞こえるでしょうし、それができない自分をさらに責めるという悪循環になってしまうかも知れません。

だから、せめて若者支援総合センターでは、安心して失敗のできる環境を用意したいと思っています。
その環境とは、失敗そのものができる機会に加えて、失敗を致命傷にしない人(スタッフもそうですが、むしろ利用者さん同士)との関係を意味します。

長くなってしまったのでこの辺で結論にします。

これまでくどくどと書いてきた「失敗をしたけど、周りの人が温かかった」という場面に遭遇したときに、本当に大切なのは、周りの人の温かみに気が付くということです。
「失敗という結果にとらわれるあまり、人の温かさに気づく余裕を失っていた」というのは、とても勿体ないし、とても悲しいできごとです。

もしいまこのブログを読んでいる方の中に、過去の失敗がもとで人との関わりを絶ってしまっている方がいたら、失敗をしたとき、周りに温かい人は本当に一人もいなかったかどうか、そして今でも周りに味方は一人もいないのかどうか、ちょっとだけ考えてみてください。

そんなはずはないと思いますが、それでももし誰も味方が見つからなかったら、塞ぎこむまえに、私たちのところに来てください。
ここにくれば絶対に成功できるとは言いませんが、ここで「大丈夫な失敗」を経験することが、新しい一歩になると私は思っています。

フレデリック・ラングブリッジという人の有名な言葉に
『二人の囚人が、鉄格子の窓から外を眺めたとさ。一人は泥を見た。一人は星を見た。』というものがあります。

泥(失敗)を見るか、星(救いとなる人)の方を見るか、例え鉄格子の中にいても、それを決める権利はいつでも自分にあるのです。

スタッフ 松田

土, 2011-08-06 22:11 | saposute

皆さまこんばんは!スタッフの松田です。今日も完全にワタクシゴトをつぶやきます。

前回のブログの続きですが、結局、甥っ子と釣りには行きませんでした。でも、ニセコのラフティングに行ってきました。なかなかアクティブです。

そう、最近の私のテーマは、アクティブなのです。面倒くさがらず、いろんなことを「やってみる」のです。テンションをあげていくのです。

とは言うものの、自分からきっかけを作り出すほどのパワーは私には無いので、甥っ子が来るとか、誰かに誘われる、なんていう「偶然」を味方につけるようにしたいと思っています。

そんなワタクシ、明日はアメフトの試合です。

今の私を知っている人は「えぇっ、そんな貧弱な体でアメフトなんてできるの?」と思うかも知れませんが、こう見えても、高校・大学・実業団とアメフトをしていまして、全盛期は今より10キロくらい体重もありました。

実業団チームを辞めてからは、札幌の草野球ならぬ草アメフトで細々と余生を楽しんでいたのですが、それも仕事が忙しくなって、ここ2年くらいは完全にご無沙汰していました。

そんな私に、前に在籍していた草チームの人から先週連絡があり、「8月7日に大学生との練習試合があるので、来てくれませんか」とのこと。どうやら、私がやっていたポジションの現役選手が帰省するので、代わりがいなくて困っている様子。

ちょっと前までの私なら、「まる2年も全く運動していないし、ムリ!」と断るところですが、何せ今はアクティブモードです。誘われたのも一つのきっかけと考えて、挑戦することにしました。

ただ、ガツガツ鍛えていた頃でさえ、相手チームにタックルされて手首を骨折したり、肋骨を折られたり、肩を脱臼して手術したり、救急車で運ばれたりと、それなりに激しい目にあってきたのに、こんな状態でグラウンドに立ったらどうなるのか、正直言って不安です。

仮にケガをせずにすんだとしても、誘ってくれた人の期待に応えられるようなプレーができるとは全く思えません。むしろ下手くそすぎて恥をかくかも知れません。

でも、せっかく誘われたので、やってみます。恥をかいたっていいんです。

だから皆さんも、勇気を出して一歩を踏みだしましょう、なんて偉そうなことを言いたいわけではありません。

純粋にちょっとビビッてる自分の背中を押すために書いているだけです。

こんなブログが、結果的に読んでくださっている誰かの背中を少しでも押す「きっかけ」になれば嬉しいですが、もしこのあとしばらく更新が途絶えていたら、松田は病院のベッドにいると思ってくださいね。

スタッフ 松田考

 

あぁ、やっぱり行きたくないなぁ・・・。

あ、本音出てもぉた。

月, 2011-07-25 21:12 | saposute

皆さんこんばんは、スタッフの松田です。

突然ですが、今日の私の夕食です。

 

カップ焼きそばと、タッパーに詰めて持ってきた白飯と梅干し。
これはこれで美味しくて幸せなのですが、「食を楽しむ」という考えからは、少し外れている気がします。

おやつは別として、私は結構食べることには適当で、「食を楽しむ」という感性に欠けているのが実はコンプレックスだったりします。
美味しいお店を発掘するとか、釣りたての魚を調理して食うとか、楽しそうなのは分かるのですが、面倒くさいと思ってしまうのです。

実は食だけでなく、音楽にも疎くて、車で通勤してもかかっているのはNHKラジオですし、流行りの曲も、トラブリューのロード以降はよく分からない、という惨状です。

最近は、従兄弟にアイポッドをもらったので、頑張って音楽を聞きながら自転車で通勤していますが、入っている曲数が少なくて、早くも飽きそうです。

お酒も、「下級生は、吐くために飲むんだ!」「新人に酒を教えるのも上司の仕事だ」みたいな悪い意味での体育会のノリがあまり好きでなかったせいか、そういうノリを強要されないようになって(オッサンになって)から、ようやく少し楽しみ方が分かってきた程度です。

こんな風に、食事や音楽やお酒を満喫できない私は、何と味気ない人生を歩んでいるんだろう、俺って実はつまらない人間だよな、なんて本気で思ったりもします。

ちなみに身内ネタで恐縮ですが、私の兄はとても多趣味な人で、急に思い立ってスキューバの免許を取りに海外に行ったり、沖縄の三線という楽器を習い始めて賞をとったり、エアロバイクを買って早朝からこいでいたり、思いつきで油絵道具を一式買って描き始めたり、親戚の結婚式でここには書けないようなことをしたり、といった感じで、私から見たらとても楽しそうな人生を歩んでいます。
(今は仕事でインドに単身赴任をしていますが、この前、パスポートを盗られ、結核で入院し、車に轢かれた、と言っていました。それさえも彼の武勇伝です。)

こんな兄を尊敬している、というわけでは全くありませんが、やっぱり人生、楽しんだもの勝ちだよなぁ、と思います。

ということで実は昨日、釣りでも始めてみようかと思って、図書館で「初めての釣り」なんて本を借りてみました。

あ・・・
「こういうとき、兄貴ならきっと思い立ったら釣り具屋さんか、あるいは棒きれ一本持ってとりあえず海に行くんじゃないか?それなのに俺は図書館に行ってるあたりが、ダメなんじゃないか?!」
という考えにいま気が付きました。

う~ん・・・

どうしよう。 

実は今日のブログは
「採用担当者だって、人生を楽しんでイキイキしている人の方が一緒に働きたいと思うだろうし、なかなか仕事が決まらない人も、いや、そういうときこそ、人生を楽しむことから始めましょう!実は私も、釣りを始めようかと思ってるんですよ~」
という感じのことを書こうと思ったのですが、どこで間違ったのか(兄貴のせい?)、愚痴か反省文みたいになってきました。

う~ん、22時過ぎの職場で、一人でブログを打っている時点で今日はダメですね。ごめんなさい、ギブアップします。

さて、明日は東京日帰り、明後日は健康診断でバリウム飲みます。
明後日は、ちょうど兄貴の息子(小学生)が大阪から札幌に遊びに来るので、釣りにでも誘ってみるかな。

スタッフ 松田考 (今日は身内ネタばっかりですみません)

金, 2011-07-08 11:25 | saposute

皆さまこんにちは、スタッフの松田です。

先週の木曜日に、体験会というプログラムの一環で「俳句を作ろう」という何とも風流な企画を実施したのですが、担当スタッフから「松田さん、こんな俳句を作ってくれた人がいましたよ」と報告を受けました。

お世辞とは言え、何ともありがたい限りです。

「誰が書いたの?」と聞いたところ、利用者の中でもかなりのイケメンに入る方でした。(お世辞のお返しです)
この俳句のセンスはともかく、前にチラッと話したときにその方の「日本語のセンス」の良さを感じたことを覚えています。(これはお世辞じゃないです)

俳句を作る、なんていう企画も、バカバカしいと思われがちですが、日本語のセンスを磨くという効果はありそうですね。

日本人であれば、脳の中で考えごとをするときも「あぁして、こうして・・・」と日本語を展開するわけですから、日本語を操る能力は、人と会話をしたり文章を書いたりするときに限らず、一人でいるときにも必要になってきます。

言いかえれば、日本語を操る能力に長けていれば、「より良く考えること」もできるし、「考えたことを周りに伝えること」もできる、一粒で二度美味しいことになります。

日本語能力を磨くために、私はいろんなジャンルの本をできるだけたくさん読むようにしています。
いま住んでいる家も、図書館が近くにあるという理由で選んだくらいで、2週間ごとに、5~10冊の本を借りて読んでいます。(そのうえで、本当に欲しい本は買うようにしています)

何度か、このブログでもお薦めの本を紹介しようと思ったことがあるのですが、本や音楽の嗜好を人に知られるのって、私にとっては裸を見られるより恥ずかしいのでやめました。

自分の好きなものを知られるのって、恥ずかしくないですか?
深層心理を見抜かれるような・・・。

ちなみに、好きな食べ物だけは堂々と言えまして、梨と、ガリガリ君の梨味です。
お世辞も嬉しいですが、差し入れはもっと嬉しいです。
お待ちしてま~す!

松田考

日, 2011-06-26 19:06 | saposute

皆さん、こんにちは。 スタッフの松田です。

今日は、「NEET」や「引きこもり」と呼ばれる若者に足りないとよく言われる「自己肯定感」について書いてみます。

私は昨日と今日、利用者の皆さんの有償ボランティアにご一緒して、とあるイベント特設駐車場の誘導をしてきました。
200台くらい収容できるだだっぴろい空地に、ひっきりなしに入ってくるお客さんの車を誘導していくお仕事です。

興味本位で(?)私も一緒にやってみたのですが、これがまぁ、大変。

技術的な難しさもそうなんですが、何しろ、昨日と今日は札幌には珍しく暑かったうえに、あっちこっちと走り回るので、初日が終わった時点で、足腰はガクガク、肌は日焼けでヒリヒリ、といった状態。

正直言って、昨日の晩は「いや、俺もうムリっす」という感じでした。

お風呂で日焼けした肌をこすりながら、アルバイトの初日に行っただけで「ここでずっと続けていく自信がないから辞めたい」なんて言いだしてしまうのは、こんな気持ちなのかも知れないなぁ、なんてことを思いました。

そしてふと、もしいま「辛いのは最初だけ、今を頑張って乗り切れば、慣れてきて体力的にもどんどん楽になるよ!」なんて励まされたら、どんな気持ちになるだろうか、という考えが頭をよぎりました。

まずは「お前に何が分かんねん!」という一言が頭に浮かぶでしょう。

そのあとに「まぁでも確かに、高校時代の部活でも、あの地獄のようなシゴキに耐えたもんなぁ」なんて思うかも知れません。

きっとこれが、私にとっての自己肯定感の源なのでしょう。

そう考えると私は、自己肯定感を自分ひとりの努力で掴み取ったのではなく、たまたま励まし合える同期のメンバーに恵まれたり、たまたま安心して栄養と睡眠をとれる家庭環境があったり、そういった偶然と幸運によって、自己肯定感を授かったことになります。

もしその自己肯定感(=シゴキに耐えて乗り越えた体験)が無ければ、昨日の私は、周りからの励ましに対して「いや、普通の人はそうやって慣れていくのかも知れないけど、私にはムリです」と、かえって劣等感を刻み込むことになっていたかも知れません。

これが、皮膚や足腰の痛みじゃなくて、心の痛みや対人関係の恐怖心だとしたら、なおさらでしょう。
「ジココウテイカンガタイセツダ」なんて理解したつもりになっていた言葉を、私は昨日の風呂場で初めて実感したような気がします。

自己肯定感は大切なのです。
励まされて頑張れるか、励まされて劣等感を抱くことになるか、その分かれ目にあるのが、自己肯定感なのです。

自己肯定感を手に入れるには、たくさんの幸運と偶然が必要です。
他力本願で自己肯定感を授かったことに気付かず、人に向かって「努力不足」と責めるのは、ただの奢りなのです。
無邪気に「もう少し頑張れば、君もすぐ慣れるよ」なんて励ますことが、時として悪意なき攻撃になってしまうのです。

誤解をされたくないので補足しておきますが、私は自己肯定感を持てなくて苦しんでいる人の気持ちが分かった、なんて思いあがっているわけではありません。
自己肯定感が大切だ、 という言葉に対する私なりの気付きを、ブログを通じてシェアしています。

余談ですが、先週の仕事帰り、雨のなか傘をささずに激チャリしていて、「あ、いまの俺って、何となく苦難に立ち向かってる感じで渋いんちゃう?」と思ってしまいました。
これは自己肯定の勘違いバージョンです。

さて明日から東京に行ってきます、日差しが恐怖です。

スタッフ 松田考