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金, 2011-09-09 18:33 | saposute

こんばんは、スタッフの松田です。

なかなか更新されないブログにお付き合い頂いている皆様、いつも読んで頂いてありがとうございます。

皆さんは、「高等学校卒業程度認定試験」をご存じですか?

これに合格すれば、高校を卒業したのと同じくらいの学力があるっていうのを認めましょう、っていう試験のことです。

厳密に言えば高卒と同じではないけれど、大学や専門学校を受験できるようになります。
さらには、「高卒以上」と条件が出ている求人でも(厳密には高卒ではないですが)、応募させてくれる可能性がグンと高まる、という優れモノです。

私たちさっぽろ若者サポートステーションで行っている個別学習プログラムに参加して、この試験に合格された方も何人もいらっしゃいます。
あるいは、うちのプログラムだけでは物足りないということで、民間の通信制高校に入学することを決めた方もいます。

この制度の一番ナイスなところは「何とかしなきゃいけないのは分かるけど、何からしたらいいのか分からない」という状態にある方にとって、“動き出すきっかけ”になるということです。
「とりあえず勉強くらいならそんなに人と接しなくてもいいし、高卒資格はあって損はないし、やってみるか」という感じですよね。

行き詰ったときに「とりあえずの目標」を見つけることってすごく大事で、この制度はまさにそこを突いていると思います。

全部の科目に合格しなくても、サポート高の科目履修と併用して高卒を認定してもらえるなんていう救済措置(?)もありますし、とりあえずの目標にするにはピッタリなんです。

高卒認定以外にも、「大学卒業程度認定試験」とか「正社員5年経験程度認定試験」とか、ぜひ作ってほしいものです。
というのは半分冗談ですが、「普通に学校を卒業して、普通に就職して・・・」という「普通ルート」からいったん外れた人にも、いろんな復活の機会があるのはとても良いことです。

いや、そもそも「普通ルート」なんてものは、高度経済成長期の幻でしかなくて「20代前半で就職して30歳前後で結婚して、35歳くらいまでに子どもを産んで、45歳くらいでマイホームを建てて、定年まで勤め上げる」なんて人の方が少数派だというのは、最近ではもう皆が気付き始めていますよね。

問題なのは、それに薄々は気付いていながら、普通ルートの呪縛(?)から皆が抜け切れていないことのように思います。

多くの人は、いったん不登校やひきこもり状態になると、「普通ルート」から外れているという不安から、「普通の幸せが手に入らなくなるんじゃないか」という不安に飛躍します。(特に普通ルートにどっぷり浸かっていたいた親世代の方が)

その不安こそが、「不登校である」とか「ひきこもり状態にある」といった現実以上に、正体不明のプレッシャーとなって、本人や家族にのしかかるのです。

正体不明のプレッシャーは、そもそも正体が不明な相手なので、戦いようがありません。戦いようがないということは対策の立てようがないということで、これはもうとっても厄介です。

逆に言えば、仮に不登校やひきこもり状態に陥ったとして、普通ルートの幻影に脅かされさえしなければ、幸せに生きる道はあるはずなのです。

「普通ルート以外の生き方でも、こんなに幸せに生きられるんだよ」っていうメッセージがたくさんたくさん、それこそ普通に飛び交う世の中になれば、例えつまづいたとしても、一時のひきこもり状態にピリピリすることなく、再び前を向けるんじゃないかと思うのです。

(このブログが、そんなメッセージの一つになればいいなと思っています。)

いったん高校から離れた人には、とりあえずの目標として、高卒認定試験という復活のきっかけがあるのです。
いったん社会から離れた人には、とりあえずの目標として、「普通であらねばならないという思いこみを捨ててみる」というのはどうでしょうか?

「普通であること」と「今の自分」とのギャップを嘆くのではなく、「幸せな自分」と「今の自分」とのギャップをどう埋めるかを考え、動くのです。

そのためのお手伝いが必要でしたら、いつでも私たちにお声掛けください。

それこそ普通じゃない(?)うちのスタッフたちがお待ちしています。

松田考

土, 2011-08-13 20:26 | saposute

全国2,3人の読者の皆様、こんばんは!

「2年間まったく運動をしていない状態で、元気な学生を相手にアメフトをする」という挑戦から無事に生還した松田です。(意味が分からない方は、前回のブログをご覧ください。)

さて、そのアメフトですが、プレーの出来栄えは散々でした。
味方へのパスは思ったところにいかないし、タックルにきた相手にも、普通は避けるかぶち当たるかするものなのですが、私はタックルされる前に自ら倒れこむなど、生きて帰ってこれたこと以外は、全く自慢できない内容でした。

いわば、失態かつ失敗です。

それでも驚いたことに、結構、いやかなり楽しかったのです。実は。

なぜ楽しかったかと言うと、チームメイトが温かく迎え入れてくれたことに尽きます。
転勤族の多いチームということもあって、2年ほど離れているあいだに、7割以上が初対面の人になっていたのですが、それでも皆さん親しく声をかけてくれて、失敗しても楽しくプレーができました。
何だったら、また参加してもいいかなと思えるくらいの、前向きな気分です。

私のアメフトに限らず、人が何かに挑戦したとき、うまくいく(成功)に越したことはありません。
「自己肯定感を育むには成功体験が大切」とかよく聞きますし。

でも、思ったのです。

今回の私のように「失敗だったけど、人には恵まれた」みたいな体験も同じくらい、いやむしろこっちの方が成長の糧になるのではないかと。

「教室でオシッコ(あるいはそれ以上のもの)を漏らしてしまったけど、クラスメートが何事もなかったように接してくれて、ありがたかった」
「テストで0点とったけれど、美人の数学教師が特別授業をしてくれて、大人の扉を開けた」
など、例えがいささか下品で申し訳ありませんが、失敗しても「人」に恵まれればそれはとても貴重で香ばしい体験になり得るのです。

例えを続けます。
一人で10人の不良を倒した番長は、ケンカに勝って(成功して)も孤独ですが、二人で10人の不良にコテンパンにやられた(失敗した)ら、こんな展開が待っています。

「・・・・いてて、おい、ヒロシ起きろ」
「あれ?トオル、俺たち負けて気を失ってたのか」
「それにしても、お前の顔、ひどくやられてるなぁ」
「うるせぇタコ、お前の顔だって」
「よぉ、ラーメンでも食っていかねぇか?」
「いいねぇ、あ!どうやら財布をあいつらに取られてるぜ」
「よし、じゃあ早速、リベンジといきますか」

なんて、青春ドラマも赤面してしまうくらいの友情が深まるのです。

とまぁ、この例えは極端にしても、成功が人を孤独に、失敗が人を豊かにすることは往々にしてあります。
また、一つの成功は次の成功への期待となってのしかかってきますが、「失敗しても死ぬわけじゃないし」という開き直りは、新たな一歩を踏み出す勇気をもたらしてくれると思うのです。

ただ厄介なことに、この「大丈夫な失敗体験」は、ある程度大人になってからじゃないとできないと私は思っています。
よく、「子どもは残酷だ」なんて言うように、やっぱり子どもは、オシッコ(あるいはそれ以上の・・)を漏らしたクラスメートを笑います。少なくとも私の育った大阪の子どもはそうでした。
あるいは、一人の失敗のせいでチームが負けたときに、その人を責めずに励ますくらいの包容力は、どうしてもある程度成長してから身に付くものなのです。

となると、小学生や中学生くらいの時期では「失敗したうえに周りから責められたり笑われたりする」という、二重の失敗体験に陥ってしまう危険があります。
そして、その時期にそれがもとで引っ込み思案になったり、人との関わりを絶ったりしてしまうと、「失敗したけど、周りの人に救われた」という克服の体験をするチャンスを失ってしまうことになります。

そしてもし「失敗=致命傷」という図式がインプットされたまま大人になってしまったら、「失敗を恐れずに一歩を踏み出そうよ」という言葉は、その人にとってはとてもハードルの高い要求に聞こえるでしょうし、それができない自分をさらに責めるという悪循環になってしまうかも知れません。

だから、せめて若者支援総合センターでは、安心して失敗のできる環境を用意したいと思っています。
その環境とは、失敗そのものができる機会に加えて、失敗を致命傷にしない人(スタッフもそうですが、むしろ利用者さん同士)との関係を意味します。

長くなってしまったのでこの辺で結論にします。

これまでくどくどと書いてきた「失敗をしたけど、周りの人が温かかった」という場面に遭遇したときに、本当に大切なのは、周りの人の温かみに気が付くということです。
「失敗という結果にとらわれるあまり、人の温かさに気づく余裕を失っていた」というのは、とても勿体ないし、とても悲しいできごとです。

もしいまこのブログを読んでいる方の中に、過去の失敗がもとで人との関わりを絶ってしまっている方がいたら、失敗をしたとき、周りに温かい人は本当に一人もいなかったかどうか、そして今でも周りに味方は一人もいないのかどうか、ちょっとだけ考えてみてください。

そんなはずはないと思いますが、それでももし誰も味方が見つからなかったら、塞ぎこむまえに、私たちのところに来てください。
ここにくれば絶対に成功できるとは言いませんが、ここで「大丈夫な失敗」を経験することが、新しい一歩になると私は思っています。

フレデリック・ラングブリッジという人の有名な言葉に
『二人の囚人が、鉄格子の窓から外を眺めたとさ。一人は泥を見た。一人は星を見た。』というものがあります。

泥(失敗)を見るか、星(救いとなる人)の方を見るか、例え鉄格子の中にいても、それを決める権利はいつでも自分にあるのです。

スタッフ 松田

土, 2011-08-06 22:11 | saposute

皆さまこんばんは!スタッフの松田です。今日も完全にワタクシゴトをつぶやきます。

前回のブログの続きですが、結局、甥っ子と釣りには行きませんでした。でも、ニセコのラフティングに行ってきました。なかなかアクティブです。

そう、最近の私のテーマは、アクティブなのです。面倒くさがらず、いろんなことを「やってみる」のです。テンションをあげていくのです。

とは言うものの、自分からきっかけを作り出すほどのパワーは私には無いので、甥っ子が来るとか、誰かに誘われる、なんていう「偶然」を味方につけるようにしたいと思っています。

そんなワタクシ、明日はアメフトの試合です。

今の私を知っている人は「えぇっ、そんな貧弱な体でアメフトなんてできるの?」と思うかも知れませんが、こう見えても、高校・大学・実業団とアメフトをしていまして、全盛期は今より10キロくらい体重もありました。

実業団チームを辞めてからは、札幌の草野球ならぬ草アメフトで細々と余生を楽しんでいたのですが、それも仕事が忙しくなって、ここ2年くらいは完全にご無沙汰していました。

そんな私に、前に在籍していた草チームの人から先週連絡があり、「8月7日に大学生との練習試合があるので、来てくれませんか」とのこと。どうやら、私がやっていたポジションの現役選手が帰省するので、代わりがいなくて困っている様子。

ちょっと前までの私なら、「まる2年も全く運動していないし、ムリ!」と断るところですが、何せ今はアクティブモードです。誘われたのも一つのきっかけと考えて、挑戦することにしました。

ただ、ガツガツ鍛えていた頃でさえ、相手チームにタックルされて手首を骨折したり、肋骨を折られたり、肩を脱臼して手術したり、救急車で運ばれたりと、それなりに激しい目にあってきたのに、こんな状態でグラウンドに立ったらどうなるのか、正直言って不安です。

仮にケガをせずにすんだとしても、誘ってくれた人の期待に応えられるようなプレーができるとは全く思えません。むしろ下手くそすぎて恥をかくかも知れません。

でも、せっかく誘われたので、やってみます。恥をかいたっていいんです。

だから皆さんも、勇気を出して一歩を踏みだしましょう、なんて偉そうなことを言いたいわけではありません。

純粋にちょっとビビッてる自分の背中を押すために書いているだけです。

こんなブログが、結果的に読んでくださっている誰かの背中を少しでも押す「きっかけ」になれば嬉しいですが、もしこのあとしばらく更新が途絶えていたら、松田は病院のベッドにいると思ってくださいね。

スタッフ 松田考

 

あぁ、やっぱり行きたくないなぁ・・・。

あ、本音出てもぉた。

月, 2011-07-25 21:12 | saposute

皆さんこんばんは、スタッフの松田です。

突然ですが、今日の私の夕食です。

 

カップ焼きそばと、タッパーに詰めて持ってきた白飯と梅干し。
これはこれで美味しくて幸せなのですが、「食を楽しむ」という考えからは、少し外れている気がします。

おやつは別として、私は結構食べることには適当で、「食を楽しむ」という感性に欠けているのが実はコンプレックスだったりします。
美味しいお店を発掘するとか、釣りたての魚を調理して食うとか、楽しそうなのは分かるのですが、面倒くさいと思ってしまうのです。

実は食だけでなく、音楽にも疎くて、車で通勤してもかかっているのはNHKラジオですし、流行りの曲も、トラブリューのロード以降はよく分からない、という惨状です。

最近は、従兄弟にアイポッドをもらったので、頑張って音楽を聞きながら自転車で通勤していますが、入っている曲数が少なくて、早くも飽きそうです。

お酒も、「下級生は、吐くために飲むんだ!」「新人に酒を教えるのも上司の仕事だ」みたいな悪い意味での体育会のノリがあまり好きでなかったせいか、そういうノリを強要されないようになって(オッサンになって)から、ようやく少し楽しみ方が分かってきた程度です。

こんな風に、食事や音楽やお酒を満喫できない私は、何と味気ない人生を歩んでいるんだろう、俺って実はつまらない人間だよな、なんて本気で思ったりもします。

ちなみに身内ネタで恐縮ですが、私の兄はとても多趣味な人で、急に思い立ってスキューバの免許を取りに海外に行ったり、沖縄の三線という楽器を習い始めて賞をとったり、エアロバイクを買って早朝からこいでいたり、思いつきで油絵道具を一式買って描き始めたり、親戚の結婚式でここには書けないようなことをしたり、といった感じで、私から見たらとても楽しそうな人生を歩んでいます。
(今は仕事でインドに単身赴任をしていますが、この前、パスポートを盗られ、結核で入院し、車に轢かれた、と言っていました。それさえも彼の武勇伝です。)

こんな兄を尊敬している、というわけでは全くありませんが、やっぱり人生、楽しんだもの勝ちだよなぁ、と思います。

ということで実は昨日、釣りでも始めてみようかと思って、図書館で「初めての釣り」なんて本を借りてみました。

あ・・・
「こういうとき、兄貴ならきっと思い立ったら釣り具屋さんか、あるいは棒きれ一本持ってとりあえず海に行くんじゃないか?それなのに俺は図書館に行ってるあたりが、ダメなんじゃないか?!」
という考えにいま気が付きました。

う~ん・・・

どうしよう。 

実は今日のブログは
「採用担当者だって、人生を楽しんでイキイキしている人の方が一緒に働きたいと思うだろうし、なかなか仕事が決まらない人も、いや、そういうときこそ、人生を楽しむことから始めましょう!実は私も、釣りを始めようかと思ってるんですよ~」
という感じのことを書こうと思ったのですが、どこで間違ったのか(兄貴のせい?)、愚痴か反省文みたいになってきました。

う~ん、22時過ぎの職場で、一人でブログを打っている時点で今日はダメですね。ごめんなさい、ギブアップします。

さて、明日は東京日帰り、明後日は健康診断でバリウム飲みます。
明後日は、ちょうど兄貴の息子(小学生)が大阪から札幌に遊びに来るので、釣りにでも誘ってみるかな。

スタッフ 松田考 (今日は身内ネタばっかりですみません)

金, 2011-07-08 11:25 | saposute

皆さまこんにちは、スタッフの松田です。

先週の木曜日に、体験会というプログラムの一環で「俳句を作ろう」という何とも風流な企画を実施したのですが、担当スタッフから「松田さん、こんな俳句を作ってくれた人がいましたよ」と報告を受けました。

お世辞とは言え、何ともありがたい限りです。

「誰が書いたの?」と聞いたところ、利用者の中でもかなりのイケメンに入る方でした。(お世辞のお返しです)
この俳句のセンスはともかく、前にチラッと話したときにその方の「日本語のセンス」の良さを感じたことを覚えています。(これはお世辞じゃないです)

俳句を作る、なんていう企画も、バカバカしいと思われがちですが、日本語のセンスを磨くという効果はありそうですね。

日本人であれば、脳の中で考えごとをするときも「あぁして、こうして・・・」と日本語を展開するわけですから、日本語を操る能力は、人と会話をしたり文章を書いたりするときに限らず、一人でいるときにも必要になってきます。

言いかえれば、日本語を操る能力に長けていれば、「より良く考えること」もできるし、「考えたことを周りに伝えること」もできる、一粒で二度美味しいことになります。

日本語能力を磨くために、私はいろんなジャンルの本をできるだけたくさん読むようにしています。
いま住んでいる家も、図書館が近くにあるという理由で選んだくらいで、2週間ごとに、5~10冊の本を借りて読んでいます。(そのうえで、本当に欲しい本は買うようにしています)

何度か、このブログでもお薦めの本を紹介しようと思ったことがあるのですが、本や音楽の嗜好を人に知られるのって、私にとっては裸を見られるより恥ずかしいのでやめました。

自分の好きなものを知られるのって、恥ずかしくないですか?
深層心理を見抜かれるような・・・。

ちなみに、好きな食べ物だけは堂々と言えまして、梨と、ガリガリ君の梨味です。
お世辞も嬉しいですが、差し入れはもっと嬉しいです。
お待ちしてま~す!

松田考

日, 2011-06-26 19:06 | saposute

皆さん、こんにちは。 スタッフの松田です。

今日は、「NEET」や「引きこもり」と呼ばれる若者に足りないとよく言われる「自己肯定感」について書いてみます。

私は昨日と今日、利用者の皆さんの有償ボランティアにご一緒して、とあるイベント特設駐車場の誘導をしてきました。
200台くらい収容できるだだっぴろい空地に、ひっきりなしに入ってくるお客さんの車を誘導していくお仕事です。

興味本位で(?)私も一緒にやってみたのですが、これがまぁ、大変。

技術的な難しさもそうなんですが、何しろ、昨日と今日は札幌には珍しく暑かったうえに、あっちこっちと走り回るので、初日が終わった時点で、足腰はガクガク、肌は日焼けでヒリヒリ、といった状態。

正直言って、昨日の晩は「いや、俺もうムリっす」という感じでした。

お風呂で日焼けした肌をこすりながら、アルバイトの初日に行っただけで「ここでずっと続けていく自信がないから辞めたい」なんて言いだしてしまうのは、こんな気持ちなのかも知れないなぁ、なんてことを思いました。

そしてふと、もしいま「辛いのは最初だけ、今を頑張って乗り切れば、慣れてきて体力的にもどんどん楽になるよ!」なんて励まされたら、どんな気持ちになるだろうか、という考えが頭をよぎりました。

まずは「お前に何が分かんねん!」という一言が頭に浮かぶでしょう。

そのあとに「まぁでも確かに、高校時代の部活でも、あの地獄のようなシゴキに耐えたもんなぁ」なんて思うかも知れません。

きっとこれが、私にとっての自己肯定感の源なのでしょう。

そう考えると私は、自己肯定感を自分ひとりの努力で掴み取ったのではなく、たまたま励まし合える同期のメンバーに恵まれたり、たまたま安心して栄養と睡眠をとれる家庭環境があったり、そういった偶然と幸運によって、自己肯定感を授かったことになります。

もしその自己肯定感(=シゴキに耐えて乗り越えた体験)が無ければ、昨日の私は、周りからの励ましに対して「いや、普通の人はそうやって慣れていくのかも知れないけど、私にはムリです」と、かえって劣等感を刻み込むことになっていたかも知れません。

これが、皮膚や足腰の痛みじゃなくて、心の痛みや対人関係の恐怖心だとしたら、なおさらでしょう。
「ジココウテイカンガタイセツダ」なんて理解したつもりになっていた言葉を、私は昨日の風呂場で初めて実感したような気がします。

自己肯定感は大切なのです。
励まされて頑張れるか、励まされて劣等感を抱くことになるか、その分かれ目にあるのが、自己肯定感なのです。

自己肯定感を手に入れるには、たくさんの幸運と偶然が必要です。
他力本願で自己肯定感を授かったことに気付かず、人に向かって「努力不足」と責めるのは、ただの奢りなのです。
無邪気に「もう少し頑張れば、君もすぐ慣れるよ」なんて励ますことが、時として悪意なき攻撃になってしまうのです。

誤解をされたくないので補足しておきますが、私は自己肯定感を持てなくて苦しんでいる人の気持ちが分かった、なんて思いあがっているわけではありません。
自己肯定感が大切だ、 という言葉に対する私なりの気付きを、ブログを通じてシェアしています。

余談ですが、先週の仕事帰り、雨のなか傘をささずに激チャリしていて、「あ、いまの俺って、何となく苦難に立ち向かってる感じで渋いんちゃう?」と思ってしまいました。
これは自己肯定の勘違いバージョンです。

さて明日から東京に行ってきます、日差しが恐怖です。

スタッフ 松田考

金, 2011-06-10 20:34 | saposute

皆さまこんにちは。スタッフの松田です。今日も、数少ないブログ読者のためにがんばって更新します!

先日ふと、全国の他のサポステのブログはどんなことが書かれているのかなと思って、iモードで「サポステ ブログ」と検索してみたら、意外とこのブログが上位に出てきて、ビックリしました。
確か、PCサイトの3位くらいだったと思います。全国110カ所のうち半分がブログをやっているとしても、かなりの上位です。
更新頻度もヒット数も大したことないと思うのに、気付かないうちに検索結果が上位になるための隠れた条件でも満たしているのでしょうかね・・・。

それにしても、このブログはどういった方に読まれているのでしょうか。

利用者の方からは「松田さん、たまにブログ見てますよ」と言われることがあります。
普段から顔を合わせる方にブログを読まれるのは若干恥ずかしいのですが、まぁ私のプライベートについて書いているわけではありませんし、関心を持って頂けるのはありがたいことです。

あとは、若者支援機関のスタッフの方が読んでくださっているかも知れません。
私も、札幌に限らず全国いくつかの若者支援機関のブログを携帯にブックマークしていて、ちょっと時間が空いたときなんかに読んでいますが、「あぁ、やっぱり同じようなことを感じてらっしゃるんだなぁ」とか「すごい、こんなセミナーやるんだ!」とか、勉強になります。

あと意外に多いのが、うちを退職したスタッフたちです。
結婚や転職で去って行った後輩を中心に、たまに会ったりメールしたりすると「ブログ読んでますよ」なんて言われて、これはこれで、じんわり嬉しかったりします。
私は基本的に部下には厳しく接しているだけに、今でもブログを読んでいるということは彼らにとってうちの職場がイヤな思い出にはなってないんだなぁと思えて、安心したりもします。

同じように、以前にサポステを利用されていた方から「ブログ読んでるよ」と言われたときも、ちょっと嬉しかったりします。
うちを利用している間は、ご本人にとっては少なからず辛い時期だったとは思いますが、それなりに香ばしい人生の1コマとして振り返っていただけるのであれば、ありがたいことです。

といろいろ書いてみましたが、実は私が一番、このブログを読んで頂きたいのは、うちを利用しようかどうか迷っている方です。

「勇気を出して行ってみたいけど、説教とかされたらイヤだな」という不安を抱いている方や、「こんなところ行って、何か役に立つのか?」という不信感を抱いている方。

このブログはあくまで松田個人の意見を書いていますが、私は当サポステの代表という立場でもありますので、ここに書いているスタンスは、ほぼ私ども全体のスタンスでもあります。(と、強く出てみました)

なので、このブログを読んで「何となく雰囲気が自分に合いそうだし、行ってみるかな」とか「これだったら自分には合わないな」といった判断材料になればいいなという思いで、更新をしています。

残念ながらこれまで「ブログを読んで、来てみたいと思いました」というお話は聞いたことがありません。
幸いにして「ブログを読んで、行くのをやめた」というのも聞いたことはありません。(もしこれ言われたら立ち直れませんが、よく考えたら、来るのをやめた方にはお会いしないので、言われなくて済みそうです)

ということで、ぜひ、初回電話で「ブログ見た」と仰ってください。
特典として、電話代を気にせずお話できるように、コールバックします。
と言うのはできません(実はちょっと迷ってから消しました)が「ブログ書いてて良かったなぁ」って思いたいので、これからお会いする皆様、ぜひご協力をお願いします!

スタッフ 松田考

金, 2011-06-03 16:01 | saposute

甘党の皆様、こんにちは。スタッフの松田です。

今日、サポステを卒業して今はパン屋さんで働いているSさんが、クリームパンを持ってきてくれました。

私のために持ってきたわけではなかったのですが、ちゃっかり一口いただきました。ごちそうさまでした~。

これからも、パン屋さん、タイ焼き屋さん、シュークリーム屋さんを中心に、就労サポートを強化していきたいと思います!

スタッフ 松田考

月, 2011-05-23 18:18 | saposute

皆さまこんにちは、九州で美味しいラーメンをたらふく食べてご機嫌の松田です。

前回のブログで「プログラム紹介①~~」というタイトルにしてしまったため、②を早く書かなくては、というプレッシャーを日々感じています。
そこで、更新が気まぐれな私には、続きものは向いていないということが分かったので、プログラム紹介はいきなり最終回を迎えることにします。(ブログ自体は、細々と続けます)

さて、うちのプログラムには、ワーカーズ**という名前が着くものが多いです。サポステが最終的にはイキイキと働けることを目指す場所なので、ワークという単語が入っています。

この名前によって、かえってハードルが高く感じられる方もいるかも知れませんが、あえて「ワーカーズ」シリーズは少しハードルが高いものに設定し、それ以外のプログラムとの違いを出しています。
もちろん、まだワークに対する自信がないという方には、別のプログラムをご用意しています。(ヨガとか、ご飯づくりとか)

また、基本的に「ワーカーズ」シリーズは、10人くらいのグループで行う集団プログラムです。
コミュニケーションの練習を主としたワーカーズグループ、実体験を通じて職業的自己理解を深めることを主な目的としたワーカーズファーム、参加者同士で刺激し合いながらアルバイトの応募などをするワーカーズチャレンジ、の3つです。

どのプログラムでも1グループあたり10人くらいを一つの目安にしたのには実は意味があって、どんな大きな職場でも、実際に仕事を通じて関わる人数って、だいたいそれくらいなんです。

さらに言えば、その10人のうち、日々の仕事で密にやりとりをするのはせいぜい3人くらい。
なので、3人と仕事を通じた会話がスムーズにでき、残りの7人とは適度に距離をとりながら最低限のお付き合いができれば、それで十分なのです。

(あとは、月に1回くらい顔を出す偉い人には挨拶と話を聞いているふりだけできれば、完璧です)

ところがどうも、「人間関係が苦手」と思っている人は、たくさんの人と親しく付き合わないといけないと思いこんでいることが多いのです。
「友達100人で富士山のてっぺんでおにぎりを食べる」のを歌わされた影響でしょうかね。ひどい話です。

ですので、ワーカーズシリーズでは、みんなと仲良くならなくてもよいので、「そこのペンを取ってください」といった、普通の会話を普通にできるくらいの距離を目指してもらえれば十分です。
(そう言いつつ、自然と仲良くなってる人が多いのですが、まぁこれはこれで嬉しい誤算です)

そういう私も「皆と仲良くなる」というのはあまり得意ではありません。むしろ苦手です。
特に仕事の場での「仲良しごっこ」みたいな慣れ合いの関係が好きじゃないこともあって、随分と苦労したこともあります。

・・・なんて自分のことを振り返っていたら、ふと小学校のときの、グループに関する苦い思い出が蘇りましたので、ついでに書いてみます。 

あれは確か、小学校1年生か2年生の授業で、学年の全クラス160人が体育館に集められてやった、グループを作るというゲーム(?)です。

前にいる先生の笛に合わせて、例えば「ピッ、ピッ、ピッ」と3回吹かれれば、近くにいる人をつかまえて3人のグループを作り、数がそろったらその場に手をつないで座る、というルールです。

「ピッ、ピッ、ピッ」・・・フロアの中から自分以外の誰か2人と仲間になり、手をつないで座る。

「ピッ、ピッ、ピッ、ピッ、ピッ」・・・立ちあがって、今の3人グループを解散するか、そのまま2人を加えるかして、5人組を作ってまた座る。

ということを繰り返すのです。

当然、グループには入れない(割り算でいうところの「余り」の)人が出るわけですが、その人はみんなが手をつないで座っているところで立ったまま、次の笛がなるまで、皆に見られています。
その恐怖は小学生ながらに凄いものがあって、何とかして座ろうと、私も必死になったことを覚えています。

5人から4人に減らすときは、誰を放出するかで微妙な空気が起こるし、5人から6人に増やすときは、いったん解散するのが良いのか、このまま誰かフリーの人を見つけて勧誘するのが良いのか、瞬時の判断を迫られることになります。

私は、このゲームがなぜかとても怖くて、大嫌いでした。
(必要な体験だったかどうかは分かりませんが、とにかく嫌いでした)

たまたま私は、「まっちゃん、こっちこっち!」と呼んでくれるクラスメートに恵まれていましたが、もしグループに入れず、立ちっぱなしの「見せしめ」が何度か続くようなら、もう学校に行くのも嫌になっていたと思います。

小学生の私たちにとってそのときの体育館は生存競争であり、「はみ出すことは、恥ずかしいことじゃない」なんて、とても思えない環境でしたし。

このエピソードは、ふと思い出した勢いで書いているので、うまくまとまりませんが、何というか、「集団を作ることを良しとして、はみ出した者に恥をかかせる」というのは、これはもう一種の暴力的な行為だと私はいつも思っています。

ということも踏まえて、言いたかったのは・・・ 

うちで行っているプログラムは、ワーカーズシリーズに限らず、集団を単位とするものが多いですが、「参加者みんなで仲良く」を強制しているわけではありませんので、どうぞ安心してご参加ください。

ということなのですが、伝わりましたでしょうか。

う~ん・・・せっかく九州で美味しいラーメンを食べてご機嫌だったのに、小学校時代の記憶のせいで、自分で書いててしんみりとしちゃいました。
気を取り直して、シュークリームでも買って食べるとするかな!

ということで、プログラム紹介はこれにておしまいですたい! 

松田考

土, 2011-05-07 17:34 | saposute

皆さまこんにちは、スタッフの松田です。
前回書いたブログの題名がいつまでもトップに出ているのも恥ずかしいので、更新することにしました。

さて、今さらですが年度も変わりまして、ここ札幌市若者支援総合センターで行っている「さっぽろ若者サポートステーション事業」も、いろいろとマイナーチェンジをしています。

こちらでは日々、相談とプログラムを並行して実施しているのですが、このうち特にプログラムは毎年見直しを行っています。
「本当に役に立つ内容か」
「いま、どんな人を対象としたプログラムが手薄か」
「抵抗なく参加してもらうにはどんなプログラム名が良いか」
などなど、それはもういろいろ考えるわけです。

そんなわけで、苦心の作でもある平成23年度のプログラムについて、ちょっとこのブログの場を借りて、宣伝をさせてください。

まずは第一弾、「楽習会(がくしゅうかい)」です。

こちらで実施しているプログラムの目的は、大きく分けて、就職活動・集団活動・個別スキル・生活習慣、といったカテゴリーがあるのですが、楽習会は個別スキルに該当します。
学力や学歴をつけることで、就職にも有利になりますし、何より自分に自信がつくのではないかと思って企画したプログラムです。

毎週水曜日の午後に、基礎レベルの数学・英語・公民の3教科のうち2教科を実施していて、毎回だいたい8名くらいの方が参加されています。
高卒認定資格をとろうと思っている方、高校に入学(復学)したいと思っている方、とりあえず「頭の体操程度に」という感覚で来ている方、など動機は様々なようです。

授業は、数学を私(松田)が、公民を木村、英語を湯沢、というスタッフがそれぞれ担当しておりまして、数学は、「マイナスの数を引くって、どういうこと?」なんていうのを掘り下げて考えてみたり、社会はその週の時事ネタをプリントで考えたりと、それぞれ趣向を凝らしているのですが、何と言っても一番のオススメは、湯沢スタッフの英語です。

本人も「一番の苦手科目は英語」というだけあって、毎回とても苦労しています。
それが参加者の皆さんに「俺たちも助け合って一緒に勉強していこう」という一体感を生んでいます。

「ぐっどあふたぬぅん、えぶりぃわん」というプログラム開始の挨拶、「ぐっぶぁいえぶりぃわぁん」という終わりの挨拶、毎回スタッフとは思えないくらい緊張しています。
それが参加者の皆さんに「あ、細かい発音なんて気にしなくていいんだ」という安心感を生んでいます。

皮肉ではありません、本当です。
もしかしたら彼はそれを狙って、わざと・・?と思うくらい、いい感じなのです。

ただ、「勉強って、分かると意外に楽しいものだね!」というのを実感してもらいたくて、学習会の「学」の字を「楽」に変えてプログラムを命名したのに、どうにも違う感じの楽しさが伝わっているような気もしています。

インタレスティングとファニーの違いとでも言いましょうか・・・。

もしくは「いとおかし」と「(笑)」の違いでしょうか・・・。 

まぁ、そんなこんなで(?)、学習プログラムに興味のある方は、ぜひ英語のある日に見学に来てみてください。
英・数・公の3教科から毎週2教科を選んで実施しているので、3分の2の確率で当たりです。

いや、ほんとにMr.YUZAWAのファニーイングリッシュに限らず、大人になってから勉強するのって、意外と面白いもんですよ!

他のプログラムについても、気が向いたらこんな感じで紹介する、かも知れません。しないかも知れません。プログラムの様子や雰囲気を知りたい方は、動画サイトもご覧ください。 

スタッフ 松田 (湯沢、ごめんな!)