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ブログ

土, 2014-07-19 10:41 | saposute

親愛なる皆さまこんにちは、スタッフの松田です。

先日「週イチくらいでブログの更新をチェックしてます」なんて言われて俄然やる気が出たものの、暇とネタの両方がなかなか同時に揃わなくて、相変わらず更新が滞っております。

そこで今回は「ランダムに選んだ過去の記事に自分でツッコミを入れる」という手抜き作戦でいってみようと思います。

猫をくりぬいたバスが何度でも視聴率をとるように、ブログも一度くらいなら使いまわしても読んでもらえることを期待して、今回の再放送はこちら。 http://saposute.net/blog/2010/07/02/766.html
4年前の7月に書いた「政治のお話」という記事です。

要は「若者よ、政治に関心を持とう!」という内容です。
たいして笑えるポイントもなく、ありきたりなことしか書いていませんが「若者世代こそ政治に関心を持たなきゃ」という思いは最近ますます高まっていますので、適当にクリックしたわりにはタイムリーな記事だったかも知れません。

あと、文面だけ見ると意外と自分に政治家願望がありそうで、我ながら新たな発見でした。
今も当時も、そんな大それたことは思ってないんですけどね。

・・・以上、終わりです!

いやぁ、それにしても再放送ってなんて楽なんでしょう。
あっという間に書けちゃいました。
お蔵入りの記事も蘇るし、これこそ一粒で二度おいしいってやつですね。

あ、一粒で二度おいしいと言えば、いま私の中で蘇った思い出があります。
今回のブログは楽をしすぎたので、おまけで書いてみましょう。

これは私より2歳上の兄との思い出です。
彼は世間一般でいう道徳心はかなり低いのですが、幼いころから今でも、私にとってはヒーローです。
そんな兄が小6、私が小4のときのこと。

二人で遊んでいたら近所のオバチャンが「これ、二人で半分に分けて食べ」と、板ガムを一枚くれました。
それは確かクイッククエンチっていうスポーツドリンク味のガムで、当時の少年にとってはかなりテンションのあがる代物でした。
ただ、いかんせん一枚しかないので、オバチャンの言うとおり半分こにしなくてはいけません。

さて、ここで問題です。
私たちはどうやってこのガムを分けたと思いますか。

ヒーローが半分に割って、大きい方をくれたと思いますか?

それとも、道徳心の低い兄が独り占めしたんじゃないかと思いましたか?

どちらも不正解。
彼は恐ろしい方法でピッタリ半分こにしたのです。

「・・・なぁ、考(私の名前)。このガム俺がまず5分噛むからお前が時間を計ってくれ。それから残りの5分をお前が噛んで、ちょうど半分ずつや」

・・・皆さん、こんな半分こってありますか?!

当然ながら私も「それやったら要らんわ」と抵抗してみたのですが「せっかくオバチャンがくれたんやから、ちゃんと半分食え」と、漫画ワンピースの海軍ばりに勝手な正義感を押し付けてくるヒーロー。

結局、私は半泣きになりながら、無味無臭のふにゃふにゃな物体を噛み続けたのでした。
もちろんオバチャンも納得の、きっかり5分間です。

ということで、ガムの味は一度きりでしたが、ブログは二度目でも味わっていただければ幸いです。
こんなくだらないブログですが、どこかで味気ない日々の繰り返しに悩んでいる方にとっての、ちょっとしたスパイスになればなお幸いです。

スタッフ 松田考

火, 2014-06-17 15:10 | saposute

親愛なる皆さまこんにちは、スタッフの松田です。

いきなり自慢で恐縮ですが、前回のブログを更新したあと「ブログを読んで相談してみる決心がついた」というメールをいただきました。

いやぁ嬉しいものです。
何度も挫折しそうになりながらも細々と続けてきた甲斐がありましたね。

気をよくして今回は、さらに相談しやすくなるようなお役立ち情報をお届けしたいと思います。

来所された方と話していると「相談してみよう」と思ってから実際に電話するまでの間に、緊張や不安もあって何日も(人によっては何か月も)かかったという話を聞くことがあります。

かくいう私も中学時代、何か月も告白できずにいた女子の家に勇気を振り絞って公衆電話から電話をかけ、緊張のあまり電話口に出たお母様を本人と間違って告白してしまったという甘酸っぱいエピソードを持っています。(もちろんお母様はOKしてくれませんでした)

やはり、誰が出るか分からない(当時は携帯電話のない時代でした)、どんな展開になるか分からない、そんな電話は緊張しますよね。

そこで、皆さんが少しでも心の準備をできるように、こちらの相談電話の一般的なやりとりを種明かししておきます。

まず、私たちは電話が鳴ったら「札幌市若者支援総合センターです」と言って出ます。(サポステの入っている施設の名称です)

ここで皆さんは「初めて電話したんですけど」とだけ言って頂ければそれでOKです。
あとは全てこちらでリードします。

あ、親御さんがお電話している場合は「息子(娘)のことで」と言うのもお忘れなくお願いします。
何せ私は電話の相手が親か本人かを聞き分けるのは14歳の頃から苦手なもので。

そのあと、私たちがお聞きする内容はだいたいこんな感じです。

①こちらをどこでお知りになりましたか?
皆さんがどこまでこちらのことを知っているのかを掴んでおきたいので、最初にするのはだいたいこの質問です。
「新聞で知った」という方であれば、その記事と同じようなサポートを期待されているでしょうし、「よく分からないけど人に紹介されて」と言われたら、まずどんなところか詳しく説明する必要があるかな、と私たちは考えます。
他にも「ホームページを見た」と聞けば「詳しい支援内容を知ったうえで電話してくれているんだな」と想像しますし、「ブログを見た」という方であれば「なんて素敵な人なんだ!」という妄想が膨らむわけです。

②おおまかに、どんなことをご相談されたいですか?
こちらには専門分野の異なる相談員がいるので、担当を決めるために聞いています。
「どうやって仕事を探せば良いかイマイチ分からなくて」とか「ずっと部屋から出ていないので人に慣れるところからできれば」など、おおまかで十分です。
うまく言えなければ「分からない」でも構わないですし、関係ないことまで根掘り葉掘り聞いたり、「そんなことじゃダメですよ」なんて説教したりすることはありませんのでご安心ください。

③どこか他の機関を利用されていますか?
例えば「仕事に就きたい」というご相談の場合、ハローワークの存在を知らないのか、それともハローワークを既に利用している(していた)けれどうまくいかないのか、それによってサポートの方向性が大きく変わってくるので最初に確認しています。
他にも、病院を利用されているかどうかを聞くことがありますが、もちろん通院中イコール利用お断りということではありません。皆さんの安全のために、主治医の許可をとってから利用して頂くようお願いしています。

④こちらに来て頂くことはできますか
ある程度は電話でお話を伺うことも可能ですが、やはり直接お会いして今後の計画を一緒に立てていくところから本格的なサポートが始まります。
もちろん、何らかの事情でこちらに来所するのが難しい方であれば、ひとまず親御さんだけ来てもらうなど「最初の一歩に向かうための半歩」を考えることになります。

こんな感じで、来所面談の予約だけなら5~10分くらいであっさり電話は終わります。
また、実際に予約するときにこちらからお名前と電話番号を聞きますので、それまでは匿名で構いません。

電話が苦手な方は、メールでもだいたい①~④の内容を送っていただければ、同じように面談の空き状況を返信しています。

返信は日祝を除いて、メールに気づいたスタッフ(私も含めた3名で対応しています)ができるだけ早めにお返しするようにしていますが、まれに携帯アドレスにブロックされて送れないことがあります。
他にも、送って頂いたメールに件名がなかったせいか、迷惑メールと判断されて勝手に削除されていたこともありました。
「メールしたのに一週間経っても返事が来ない」ということがありましたら、お手数ですが改めてPCから送っていただくか、携帯電話の迷惑メール設定でsyaa.jpのドメインを解除するか、あるいはお電話でご確認頂ければと思います。

そういえば最近「最初のメールでは事務的な印象だったけど、会ってみたら相談員が温かくて安心した」と言われたことがあります。
どうしてもメールでは、文字数をむやみに増やさないために多少事務的にならざるを得ませんので、その点は大目にみてください。

以上、安心して相談してもらうために書いてみましたが役に立ちましたでしょうか。

「ブログでは親切な印象だったけど、会ってみたら松田は冷たくてガッカリした」と思われるのは多少覚悟していますが、その辺は大目にみてくださいね。

スタッフ 松田考

土, 2014-04-19 19:31 | saposute

親愛なる皆さま、こんにちは。ブログ担当スタッフの松田です。

北国でも少しずつ春の訪れを感じる今日この頃ですが、皆さまはいかがお過ごしですか。
私は前のブログで書いたとおりサポステの代表の役割を離れましたが、引き続き若者支援総合センターに勤務しています。
若者支援総合センターでは、サポステ(就労相談窓口)のほかに居場所づくりも行っているので、私も最近はフリースペースで利用者さんと一緒にお喋りしたり遊んだりしています。

フリースペースで過ごす時間はとても楽しいし、仕事のうえでも大切な意味があると私は思っているのですが、サポステのような就労支援と比べて、このような居場所には様々な疑問や批判を頂くことがあります。

「そんな居場所があるせいで、かえって就職活動もせずに入り浸ってしまう若者が増えるのでは?」 というものです。

ひとまず私はこれに肯定も否定もしないでおきます。
しない代わりに、センターに遊びに来ていた二人の若者を紹介したいと思います。

 

10年以上の引きこもり経験ののち、センターに遊びに来ることが最大の楽しみになっていたAさん。

ある日 「ここは家よりずっと居心地がいいけど、だからと言ってここの主(ヌシ)みたいになるのはカッコ悪いですよね」 と言ってサポステの相談を予約し、今は就労を目指して頑張っています。

 

一人暮らしで生活保護を受給し、センターには気分転換に来ているだけで働く気はないと公言していたBさん。

ある日 「ぶっちゃけ、このまま病院と役所をうまく使ってれば生活はできるんですけど、いつまでもそれじゃダメだなと思って」 と言って職場体験に参加し、今はアルバイトで働くようになりました。

 

その「ある日」に、彼らが共通して口にした単語は「プライド」でした。

プライドと言えば、「引きこもりの若者が動けないのはプライドが高すぎるせいだ」なんて悪者扱いをされることもありますが、一方で彼らの背中を押してくれたのもまた「プライド」だったようです。

プライドのせいで動けなくなる人がいるかと思えば、プライドが人を動かす。
どういうことでしょうか。

とある本には、こう書いてありました。

~本当のプライドとは、人に頭を下げないことではなく、床ギリギリまで頭を下げてもなお、胸に残っている意地のことである~

こう考えると、なんとなく分かる気がします。

ではこれを 「引きこもり」と呼ばれる状態にある若者に置き換えたとき、プライドとはいったいどういうものでしょうか。

親を拒絶するようにふるまってもなお、「心配かけてごめん」と心の中で謝る気持ちのこと、かも知れません。

ゲームに没頭することで高まる不安から逃れようとしてもなお、「このままで良いのか」と問いかけてくるもう一人の自分のこと、かも知れません。

そんなギリギリの状態であなたが捨てずに守ってきた意地こそが、ある日、あなたの背中を押してくれる「プライド」の正体なのです。

 

でも、さんざん傷ついてきたあなたのプライドの種は、今みたいにガチガチに握りしめたままでは芽を出してくれません。

少し掌を開いてみませんか。
あなたのプライドは新鮮な空気と暖かな光を必要としています。

少し心を開いてみませんか。
あなたとあなたのプライドは、閉じられた日々からの解放を待っています。

 

「余計なプライドを捨ててまずは相談に来てください」とは言いません。
もし良ければ、あなたが守り抜いてきたプライドを私たちに見せつけに来てください。
そして、プライドの種をここで大きく育ててください。

 

プライドの花が咲く「ある日」は、すぐそこです。

春が、来たのですから。

 

スタッフ 松田考

火, 2014-04-01 00:10 | saposute

親愛なる皆さま、あけましておめでとうございます。スタッフの松田です。
本年もどうぞよろしくお願いします。

ここ数カ月、プライベートの馬鹿話はフェイスブックで、仕事のつぶやきはツイッターで、それぞれ小出しにしているうちに、すっかりブログをさぼってしまいましたが、ようやく皆さまに年始の挨拶ができてほっとしております。

さて、年始の挨拶をしたと思ったら、あっという間に年度末。
月日の経つのは本当に早いものですね。

毎年この時期は異動や退職に伴うお別れが恒例ですが、思えば私もこれまでたくさんの仕事仲間を見送ったものです。
夢を叶えて笑顔で転職していった人、組織の決定で泣く泣く異動していった人、突然行方をくらまして伝説になった人、などなど色んな顔が思い浮かびます。

私がこのブログを書く一番の目的は、ネットで検索して下さった方に少しでも「安心して相談できそうなところだ」と思ってもらうことですが、実は心のどこかで、これまで見送ったスタッフや利用者さんに向けて「こちらは相変わらずですが、みんな元気でやっていますか?」という無言のメッセージも込めています。

(今回は特に、このあと身内ネタになってしまいます。来所を検討して検索してくださった方には申し訳ありませんが、せめて「スタッフがギスギスしていない、雰囲気の良さそうなところだな」と思って下さったら幸いです。)

 

ということで、この場を借りてこれまでサポステに関わった皆さんに報告があります。

数々のプログラムを担当してきたスタッフの木村が、本人の長年の夢だった考古学関係の仕事を射止め、明日から学芸員として奈良県に旅立つことになりました。

彼女は柔らかさと強さ、温かさと知性、いろんなことを兼ね備えている本当に素晴らしい人だった(もう身内じゃなくなるので、遠慮なくほめられるのです)ので、チームを指揮する私の立場からすると、抜けられてしまうのは大打撃です。

「世の中から学芸員なんて仕事が無くなってしまえば良いのに!」
「奈良の遺跡なんて全部壊れてしまえば良いのに!」
とさえ思いますが、本人の夢が叶うわけですからそうも言っていられません。

今まで縁の下でチームを支えてくれたことに感謝して、見送たいと思います。
木村さん、今までありがとう。うちらはみんな、仲間としてずっと応援しています!

 

最後に私のことも少し。

明日からサポステの代表を山名(やまな)に引き継ぎます。まだ身内なのでほめるわけにはいきませんが、彼には安心してバトンタッチができます。
これまで松田とお付き合い頂いた皆さま、引き続き山名を温かくご指導くださいますよう、お願い致します。

とは言え、私はどこかに異動・転職するわけではなく、新代表の山名からは
「明日からもイチ相談員としてチームに残って働け」
「ブログはお前が続けろ」
と命令されていますので、皆さまとは変わらぬお付き合いをさせて頂ければ幸いです。

 

何より私の場合、机の上が散らかりすぎて異動や転職ができそうにないのが現実です。

~こちらは相変わらずですが、みんな元気でやっていますか?~

 

スタッフ 松田考

水, 2013-12-18 22:27 | saposute

親愛なる皆さま、こんばんは。スタッフの松田考です。
新千歳空港のホテルから、今年最後のブログを更新しております。

振り返ると、おかげさまで今年はいろいろな地域にお招きを頂きました。
恥ずかしながら私は飛行機が苦手でして、特に寝不足の早朝フライトは間違いなく具合が悪くなるので、最近は「翌日が早朝フライトのときは、仕事後にそのまま空港に移動し、空港ターミナル内のホテルに前泊する」という護身術を覚えました。

今日もそれで新千歳空港に泊まっているのですが、先ほど「それにしても今年はいろんなホテルに泊まったなぁ」なんてしみじみ振り返りながら部屋を出たら、なんと鍵を忘れてオートロックで締め出されてしまいました。

本当にいろんなホテルに泊まっている人ならありえない失態ですね・・・。

ちなみに新千歳空港のホテルは、ターミナル内にある温泉に入り放題という宿泊特典があります。雪の舞う極寒の露天風呂に浸かるたびに「あぁ~生きてるなぁ」という実感とエネルギーが湧いてくるのでオススメです。

ところで、いつも温泉で「生き返って」いる私も含めて、全ての人は「生まれる」ところから人生がスタートします。

この「生まれる」という言葉は受動態、受け身です。英語の授業では「be動詞+過去分詞」なんて習いましたが、「抱く」に対する「抱かれる」と同じく、「生まれる」は「生むことをされる」という受け身の言葉なわけです。

一方で「生きる」というのは能動態、主体的な言葉です。そう考えると、人は「生まれる」という受け身から始まって「生きる」存在へと、徐々に自分の人生を取り戻していく旅路を歩んでいると言えます。

とすると自立というのは、生むことをされた赤ん坊が、生きるという主体に育っていくプロセスのことなのかも知れませんね。

なぁんて哲学めいたことを温泉に浸かりながら考えていると、「生きる」にも次のステップがあることに気が付きます。それは「生かす(活かす)」です。

このことはマズローさんという人がきちんと証明していますが、どうやら人は、生まれて、生きる。その先に、生かしたいという欲求を本能的に持っているようです。

そして、私が寒空の露天風呂で温まったのと同じように、長い孤独を経てサポステで人の温かみに触れた若者たちが「生きてる」という感覚を取り戻す、そんな光景を私たちスタッフは日々目の当たりにしています。

さらには、その先にある「生かしたい」「誰かの力になりたい」という気持ちを、面談や雑談で、あるいは行動を通じて私たちに伝えて下さる方もたくさんいます。

そう考えたとき、働くことはまさに「自分の経験を活かし、同時に自分以外を生かすこと」です。

だから私は、皆さんの「働く」をお手伝いしたいと思っていますし、それができる現場に仕えている私とうちのスタッフは本当に幸せ者だと、温泉に入るたびに気付かされています。

私たちが、このブログを読んで下さっている皆様に「活かされている」ことを御礼申し上げまして、今年のブログを締め括りたいと思います。

本年もたいへんお世話になり、ありがとうございました!

札幌市若者支援総合センター
(さっぽろ若者サポートステーション)
スタッフを代表して 松田考

金, 2013-10-25 18:51 | saposute

親愛なる皆様、すっかりご無沙汰しております。
月イチ改め(あきらめ?)季節に一度のブロガー松田です。

今秋は台風の当たり年のようで、札幌も明日あたり嵐の気配です。
こんな天気には「読書の秋」が一番ですので、私も最近読んだ本に関して書いてみたいと思います。

いまこのブログをご覧の方は、ほとんどが「ニート」という言葉をご存知だと思いますが、2006年にこの言葉が爆発的に日本に広まったきっかけは、玄田有史さんという大学の先生の書かれた「ニート」という本でした。

その玄田有史さんが、今年の8月に日本経済新聞出版社から「孤立無業(SNEP)」という本を出されました。

SNEPとは、Solitary No-Employed Persons の頭文字で、孤立無業者のことだそうです。念のために言いますが、スネップです。「ネ」ですね、はい。

正確な定義は本を読んで頂ければと思いますが、スネップは、無業だけではなく孤立状態にあるという点で、ニートとはその捉え方、切り口が異なります。
ニートが「就労」に対する脆弱状態だとするなら、スネップは「他者との交流」に対する脆弱状態です。ついでにいうとスネップは若年者にも限定されていません。

この本では、孤立無業者(スネップ)の実情を明らかにするとともに、孤立無業でいることが、本人あるいは社会全体にとってどういう影響を及ぼすか、ということが書かれています。

もちろん、ご本人やご家族が読んでも十分に役に立つと思いますが、特に私のように現場で働くスタッフにとって、この本はとても重要な意味を持ちます。

それは、この本が豊富な統計データに基づいて書かれているからです。

私を含めた現場の人間は、どうしても「感覚の積み重ね」や「個別のエピソード」をもとに支援のあり方を見直したり、人に語ったりします。

例えば私が「ニートの人って、結局のところ単に甘えてるだけじゃないの?」と誰かに言われたとしたら、これまで私自身が接してきた方々から受けた印象や言葉を、松田というフィルターを介して返すわけです。

そこには、ある意味では生のリアリティがありますが、客観的な裏付けはありません。これが現場の強みであり限界です。
現場の人間は(少なくとも私は)、直接若者たちと向き合ってきた経験に自信を持ちながら、その一方でそれが独りよがりな感覚に陥っていないか、常に自問自答しています。

この本は、そういう現場の人間にとてつもなく勇気をもたらしてくれます。
「俺が普段感じていたことは、ちゃんと数字にも表れてるんだ!」
「あのときの相談者の言葉は、こういう背景から生まれたんだな」
などなど、勇気の正体は、客観的な裏付け、支援のエビデンスと呼ばれるものです。

他に「家族に庇護されることと就労意欲の関係」や「生活保護に対する考え方と老後不安との関係」というような事象も、データで検証されていたりします。

ともあれ、一流の研究者は現場に「単なる知識」以上に役立つ武器(後ろ盾)をもたらしてくれるんだなあと、この本は改めて感じさせてくれます。

とまぁ、ここまでは、わざわざ書くほどのことではないかも知れませんね。
私が玄田先生を絶賛したところで、それは草野球のピッチャーが「田中マー君がどれだけ凄いか」を力説してるようなもんです。
いや、まったくお恥ずかしい。

実は、エビデンスの重要性以上に、私がこの本のことをブログで紹介したいと思ったのは、若者支援業界に新たな風をもたらしてくれるような気がしているからです。

2006年に「ニート」という本が出されたときには、「ん?そんなけしからん若者がいるのか!」と(誤解も含めて)注目を浴びました。
注目を浴びたことによって、徐々に「ニートは100%けしからん存在なわけでもないらしい」という考えや、「この問題は単なる自己責任だけでなく、社会として放置しておくわけにはいかない」という考えも広まってきました。

また、ニートやスネップという言葉によって「レッテルを貼っているのではないか」という批判もあります。
しかし、「レッテル貼り」かどうかよりも大切なのは、「こういう状態で困っている人がいる」というのを明らかにする(名称をつけることで広く社会に認知してもらう)ことです。
ことの始まりはレッテルかも知れませんが、ニートという問題に関心が集まり、対策が講じられるようになったことに意味があると私は考えます。(実は著者の受け売りですが)

で、本題です。

2002年に「若者が社会的弱者に転落する」と宮本みち子先生が警鐘を鳴らされてから、「ニート」という言葉が出てきてくれたおかげて、「若者という対象」に実際に光が当たるようになったのは紛れもない事実です。

と同時に「就労という課題」にあまりにも強い光が当たったことで、他の部分が陰になってしまったという一面も、私はずっと感じてきました。

例えば若者たちが、他者との交流を通じて社会全体のことに思いを馳せるようになること。
あるいは若者たちが、地域での様々な活動に参加しながら、意志決定に参画すること(民主主義)の大切さを学ぶという体験。

こういった取り組みは「必要性や成果が曖昧すぎる」という指摘をずっと受けながらも、草の根的に受け継がれてきたのですが、そこに「成果」の分かりやすい就労問題が登場したわけですから、「限られた予算をどちらに投入するか」でいけば、勝負は明らかです。

こうして就労支援が若者支援の主役として業界を席捲してきたわけですが、スネップという本は、「就労」を主役に抜擢した仕掛け人が、これまで脇役だった「繋がり」にもスポットライトを当てようというものです。
まさか主役が交代するところまではいかないと思いますが、何が起こるのか、ドキドキします。

私の所属する団体の若者支援部門では、「ニート」という課題にサポステとして専門的に取り組むスタッフ(例えば私)もいる一方で、陰になっていた「繋がり」の部分にも、市の若者支援施設運営事業を通じて、ずっと向き合ってきました。

ですから、少なくとも私たちにとっては「スネップ」は新たなレッテルではありません。
まさに「現場が悶々と感じていた孤立という問題意識に、裏付けがもたらされた」という感覚です。

最後に、人さまの著作ばっかり絶賛するのも悔しい(?)ので、私が前に某雑誌に「貧困と繋がり」をテーマに寄稿した文章の一部を紹介させてください。

***
私たちは、それぞれキャリアコンサルタントや精神保健福祉士といった資格(=明確な専門性)を持ちながら、共通するアイデンティティはユースワーカーという一見あいまいな専門性においています。
ユースワーカーは、直接的に貧困やひきこもりを解決する専門家ではありません。あくまで若者たち自身が、インフォーマルな活動を通して、それぞれ貧困の対策にもなりうるような「人と繋がる力」を獲得していくプロセスに、“あいまいに”寄り添っていくのが私たちの役目です。

「飢えた者には、魚ではなく釣竿を与えよ」という格言があります。魚は食べてしまえば無くなりますが、釣竿はずっと使えて、さらには自分で努力することを覚るからでしょう。

しかし、本当に飢えを満たし続けてくれるものがあるとすれば、それは「一緒に釣った魚を分け合って食べる仲間」との繋がりだと私は思っています。
***

執筆した当時の私が“あいまい”と表現せざるを得なかった部分を、いつか研究者の方が裏付けて下さるのを期待して、やはり私は現場で汗をかいていたいと思います。

孤立無業(スネップ)、ぜひ皆さんお読みください。
このブログで販売促進するわけにはいきませんが、もし購入される方は、1500円です。
10$では買えませんので、あしからず。

スタッフ 松田考

火, 2013-07-30 01:58 | saposute

月の終わりごろになるとこっそりブログをチェックしてくださっている皆さま、いつもありがとうございます、スタッフの松田です。

まずはブログらしく近況報告からですが、7月は毎年恒例の健康診断がありまして、お腹周りが3センチ、体重にして3キロ、去年より減っていました。

個人的には「ちょっと気を抜いたら痩せていく」ことに実はけっこう悩んでいるのですが、この悩みはあまり職場では(特に女性スタッフには)共感してもらえないのでこれぐらいにして「そういえば確か一年前も健康診断のことブログに書いたなぁ」なんて思いながら過去ログを探してみましたら、何と二年も前のことでした。

 

いやぁ、月日の経つのは早いもんですね・・・。

 

どんどん痩せていくことよりも、むしろ急ピッチでオッサンになっていく自分に改めてショックです。

そう言えばつい先週も、定時制高校で進路の授業を行うための準備をしていて、明らかにオッサンになっていく自分を自覚した瞬間がありました。

札幌のサポステでは、去年くらいから学校との連携に関する業務は山名という私より若いスタッフにバトンタッチしているのですが、今回は山名の都合がつかなかったため、私が授業に行くことになりまして「よく考えたら大勢の生徒さんの前で話すのは今年度になって初めてかも。何を話そうかなぁ。」なんて考えているうちに、心臓がドキドキしてきたのです。

授業の中身を考えようとすればするほど緊張は高まって、

「こんな話、果たして生徒の皆さんは聞きたいと思うだろうか」

「ツカミでスベったら痛すぎるから、変に笑いを狙わない方がいいだろうか」

「オッサンが偉そうに説教してんじゃねぇよって思われるんじゃないだろうか」

「誰一人としてスマホから目を離してくれなかったらどうしよう」

なんてネガティブな妄想は広がる一方です。

 

数年前までは、偉い大人の前で話すときには緊張しながら入念に準備をしつつ、若い人の前ではありのままで(偉そうに言えばアドリブでも)勝負できるつもりでいたのですが、気が付いたら逆転している自分がいたのです。

正直に白状すれば、ありのままの自分で10代の生徒の前に立つことが急に怖くなったのです。

 

アラフォーというお年頃は、誰でもこういうものなんでしょうか?

「気持ちだけはまだまだ若いつもりなので、仲間だと思って遠慮なく何でも話してくれよな」なんて笑顔でキメたつもりが、若い人たちから失笑で返されるようなイタイ大人に私も着実に近づいているのでしょうか。

「念のために言っておきますけどぉ、山名さんと同じことをもし松田さんがやったらセクハラですからねぇ」なんていう、避けようの無い流れ弾が飛んでくる覚悟も、そろそろしておいた方が良いのでしょうか。

オッサンはオッサンらしく「AKBがみんな同じ顔に見える」と言えば良いのでしょうか?それとも意表をついて「AKBの顔と名前が全員分かる」と言えば良いのでしょうか?どちらを選んでもアウトな気がするのはなぜでしょうか。

 

・・・なんて愚痴はさておき、実は今回「高校生との歳の差」を突き詰めて考えているうちに私の中で「そろそろ自分がオッサンであることを認めたうえで、今後の仕事における自分の立ち位置(チームにおけるポジション)を考えていかないとな」という自覚が芽生えました。

正確にはそれは芽生えたのではなく、前々から見て見ぬふりをしていた問題で、言い換えれば、若い人たちから親近感を持ってもらえる「お兄さん」のような立ち位置(つまりは現場の最前線)でいることにムリが出てきた私(と同世代の同業者)が、どうやってこの仕事を続けていくか、という問題でもあります。

 

一般的に、私たちのような「若者支援」と呼ばれるような業界で働くアラフォーのポジションを改めて考えてみた場合、仮に若手スタッフに「お兄さん」的な役割を譲ったあとの身の振り方としては、

①夜回り先生や殺せんせーのように「先生」という肩書きを背負ったうえで若者から慕われ、必要とされ続ける

②若い人と直接的に関わることよりも、現場スタッフの育成や組織運営といったマネジメント的なポジションで豊富な経験を活かす

③さらに、自組織の枠も超えて、日本の若者支援業界全体のために活躍する

というあたりに分類されるのかなと思います。

 

もちろん、これらはどれか一つを選択するだけでなく、局面によって使い分けたり、一人で何役もこなしたり、ということもあり得ますし、また実際にそうされている凄い方を私も全国で何人かはお見かけしています。

かくいう私はまだ、自分が「お兄さんに未練があるオッサン」であることをようやく自覚した程度なので、これから少しずつ次のステージを目指していきたいと思います。

そんなことを言いながら、もし2~3年後の夏も「健康診断に行ってきました!」なんてブログをまだ私が書いているようなら、「おたくのサポステはどうやら糞詰まりの便秘症状が出ていますよ」と遠慮なく診断してくださいね。

 

このブログは、いつもは苦しんでいる若者へのエールのつもりで書いていますが、意外と同業の方も読んで下さっているみたいなので、今回はちょっと趣向を変えて支援者側のキャリアについて書いてみました。
伝統や前例の極めて乏しいこの業界におけるキャリアシフトについて、これから皆さんと一緒に考えていければという思いです。

いつにも増して、当サポステの公式なものというより、あくまで松田個人の意見として(多分に遊びの混じった戯言として)お読み頂ければ幸いです。
 

それでは、お付き合いいただき、ありがとうございました。
皆さま、素敵な夏をお過ごしください!

松田考

金, 2013-06-21 19:19 | saposute

親愛なる皆さま、こんばんは。スタッフの松田考です。

突然ですが、今日は利用者のAさんのことをご報告します。

(以下、ご本人の許可を頂いて書いています)

Aさんは、生活や睡眠のリズムを一定に保つのが難しい状態だったので、就活の前段階の健康づくりということで、数か月前からゴルフの打ちっぱなしに通い始めていました。

私も体を動かすことには賛成しつつ「なんでまたゴルフやねん!オッサンかい!」なんて内心ツッコミを入れていたのですが、何とこのたび、その練習場の職員の方が「君はいつも平日から来ているねぇ。どうしたの?ほぅ、なるほど。そういうことならうちで少し働いてみるかい?」なんて声をかけてくださって、アルバイトが決まったのです。

やっぱりゴルフはオッサンの遊びではなく、紳士のスポーツですね。

Aさん、仕事は決まってもいつでも遊びにきてくださいね!

 

さてさて、ここでいったん話しは変わって、今週19日の水曜日に行われた2つの会議についてご紹介したいと思います。

一つ目は「さっぽろ子ども・若者支援地域協議会」といって、札幌市内の子どもや若者に関わるいろんな専門機関の担当者が集まる会議です。

俗に「縦割り行政」なんて言われますが、福祉や教育や雇用など様々な分野の担当者がまずは顔見知りになることで、この「隙間」を埋めることを目指しています。

さらには、学校を卒業したり、児童福祉の対象年齢を超えたりすることによって支援から外れてしまうような「途切れ」についても、子ども対象の機関と若者対象の機関とが一致団結してこれを埋めることが大切です。

こういった「隙間」と「途切れ」を埋めるために、「さっぽろ子ども・若者支援地域協議会」はこれからも隔月ペースで続いていきます。

イチ民間人の若造に過ぎない私が、並み居る行政担当の方々を前に会議を仕切るわけですから、毎回とても緊張します。一年で最もお腹が痛くなる時間ですが、とても大事な会合なので、これからも頑張ります。

 

で、そのあとの晩には別の会議がありまして、こちらは先ほどのAさんに関係します。

Aさんのように履歴書に長い空白がある方にとって必要なのは、立派な面接の受け答えができるテクニックだけではありません。

「おや、佐藤さんちのお嬢ちゃん、久しぶりだねぇ!なに?仕事を探してるんだって?それなら知り合いがやってるパン屋があるから、働かせてもらえるようにちょっと頼んであげるかい?」

と声をかけてくれるような、ちょっと暑苦しい近所のオッサンだったり、

「さっきアンタの少年野球のときの監督さんにバッタリ会ったんだけど、『ケンジ君がいろいろと悩んでいるんだったら、気分転換を兼ねて来週の練習の手伝いに来ないか』って仰ってたわよ」

と誘ってくれるような、ちょっと怪しいオカンと監督さんの関係だったりするわけです。

こういった御縁(コネ+ネットワーク)を私たちは「こねっと」と名付けて、「サポステに来ている若者のために、私の人脈で手伝えることがあったら使ってよ」と言ってくださるサポーターさんと、実際に利用している若者とが顔を合わせる「お喋り会」を月に一回行っています。

この日も、参加した若者が「就労に向けてまずは運転免許を取りたい」とポロッと言った途端に、サポーターさんの一人がその場で知り合いの教習所の教官に電話して値引き交渉を始めるなど、実にスピーディーでユニークな一幕がありました。
ありきたりのサポートで上手くいかなかった若者たちにとって、この役立ち感とオーダーメード感こそ、こねっとの最大の武器なんだぞと、ここはあえてドヤ顔で言わせていただきます。

ちなみにこねっと集会は、毎回サポーターの皆さんがお菓子を持ち寄るので、昼間のお腹が痛くなる会議と違って最もお腹が膨れる仕事です。

こんな感じで私も(こねっとサポーターNさんの安産を祈念して!)お腹を痛めたり膨らませたりしながら、お仕事を頑張っていきたいと思います。

スタッフ 松田考

木, 2013-05-23 21:44 | saposute

親愛なる皆さまいかがお過ごしですか、スタッフの松田です。
下手なダジャレで恐縮ですが、タイトルのとおりこちらのサポステでは、いま筋トレが静かなブームを呼んでいます。

サポステの入っている若者支援総合センターは4月1日に移転しまして、ロビーの一角に4畳ほどの筋トレコーナーを設けています。

腹筋マシン、ベンチプレス、レッグマジック、エアロバイクなど、粗大ゴミ捨て場や家で眠っていた器具を寄せ集めて置いてあるだけですが、もしかしたら「対人関係に自信がない」「働きたいけど踏み出せない」「眠れない」といった様々な悩みに対して、筋トレはある意味カウンセリング以上の効果を発揮しています。(科学的な根拠は全くないので、話半分でお付き合いください)

そんな筋トレコーナーの合言葉は「夏の海に向けて肉体改造」。

世の女性が筋肉ムキムキの男をどう思うかはさておき、肉体を鍛えることで夏の海でモテてやろうという不純な動機です。
あるいは世の男どもが意外とぽっちゃりな女性の方が好きなのはさておき、引き締まったウエストをビキニの間から見せつけてやろうという素敵な動機です。

これ、すごくいい感じだと私は思っています。

何がいいって、「いま頑張れば、夏にはいいことがある」っていう未来への期待と、「ムキムキになれば、女性が振り向いてくれる」っていう周囲への期待、この2つが両方あるところです。

未来への期待は「キャリア形成」とも言いますが、今の自分の振る舞いが将来の自分にちゃんと繋がっているという感覚です。
しんどくても頑張れば、昨日より今日、今日よりも明日、重たいバーベルを挙げられるようになる喜びです。

周囲への期待は「社会参加」とも言いますが、自分が周りの人と互いに意味を持った存在であるという感覚です。
筋肉ムキムキになれば(良くも悪くも)ビーチで目立つことができるという喜びです。

この2つが揃うから、人は頑張れるのです。

ちなみに「どうせ」という諦めの感情はこれの真逆です。
どんなに筋トレしても成果が出なかったり、ビーチに行っても誰もいなかったら、人は頑張れないのです。

だからこそ、自分の将来や周りの人・社会に対して「どうせ」という感情に埋め尽くされそうになっている方にこそ、筋トレを体験してほしいと、私はちょっと本気で思ってたりします。
4月から異動してきたマッスルトレーナー(高校野球で甲子園に出た経験のあるゴリマッチョ)とともに、あなたをお待ちしています。

元マッチョ 松田考

(おまけ)
若者支援総合センターのような「居場所」を作ってしまうと、そこに居心地の良さを感じて、かえって働こうとしなくなる人が出てくるんじゃないの?
というご批判を頂くことがあります。
確かに、そういうこともあるかも知れませんが、それでも、私はこういう居場所は絶対に大切だと思っています。
そして「こういう場を次の世代に受け継いでいけるように、自分は次のステージ目指して頑張ろう」と自ら感じてもらえるような居場所でありたいと思っています。
そのヒントが、筋トレ(キャリア形成と社会参加を感じられる場)にあるような気がしているのです。

火, 2013-04-09 11:52 | saposute

皆さんこんにちは、月イチブロガーの松田考です。

今日は銀座のカフェから更新しています。
コーヒーは苦いので拒否(飲めないわけじゃない)している私はホットミルクをたしなんでいます。
それにしても「銀座って、ミルク一杯でこんなに高いんですよ!」なんてブログのネタにしてやろうと思ってたら300円と意外に普通でガッカリ(?)でした。

今朝は、永田町のキャリア教育推進委員会というところにお招き頂いて「若者がキャリアの隙間に落ちるリスクの高い今の世の中で、学校のキャリア教育ってどうすればよいの?」というようなことを僭越ながらお話しをしてきました。

名前を聞けば誰でも知っているような議員さんもいらして、私なんぞにとっては一世一代の晴れ舞台というか場違いというか、貴重な経験をさせて頂きました。

先日、大阪の実家に顔を出して、食事をしながら両親に「おたくの息子はこういう機会も頂いているんだぞ」とちょっと報告(ある意味、親孝行のつもりで)したのですが、返ってきた反応は

父「そんなことより、お前はもうちょっとまともなスーツを持ってないのか?そんな恰好で人様の前に出て、恥ずかしいと思わんのか」

母「それよりアンタ、昔から食べるの早すぎ。ちゃんと噛んで食べなアカンよ」

というものでした・・・。

息子の活躍を喜んでくれるかと思いきや、まさかの説教。アラフォーの息子でも、親はいつまでも親なんでしょうかね・・・。

さて、このちょっと厄介な「親」なる存在、若者支援のお仕事をしていると、とっても重要なカギを握っていることがありますので、今日は「親論」をちょっと書いてみようと思います。

突然ですが私は「自立」というものを「親の影響力を徐々に減らしていく営み。周りの人や社会の諸制度が、親の存在感をどんどん奪っていくプロセス」だと考えています。

「休みの日は家族で過ごすよりも友達と遊んでた方が楽しい」
「いつも先生は親とは違うこと言うけど、そういう考えもアリだな」
「親にでかい顔されたくないからバイトして好きに使えるお金を手に入れよう」
「親に怒られてムシャクシャしてたけど、『そんなこと忘れてイイことしようよ』と電気を消してくれた彼女のおかげで目覚めスッキリ」
「親に苦労かけたくないので、実家に帰らずに社会保障制度を活用して、何とか自力で頑張ろう」

とまぁ、こんな場面に「生きていれば自然と」巡りあっていくのが、自立するということだと私は思っているわけです。

一方で、サポステにご相談に来られる親御さんからは「私の育て方が間違っていたのでしょうか」ということをよく聞かれます。

答えは99%「ノー」です。

先に書いたような「自然な」出会いが難しくなっている世の中にあって、自立のプロセスが進んでいくかどうかは、親御さんの努力や育て方の問題ではありません。

まぁ、1%の部分で「子どもがこういう出会いに巡りあうのを過度に邪魔しない」というのは親にできることだとは思いますが、いずれにせよ、外側から親の役割を良い意味で奪っていく存在に出会えるかどうかは、親御さんの責任ではないというのは断言できます。

そういう意味で、学校にも就労先にも所属を失うことの一番のリスクは、自然と過ごす日々の中でこういった出会いを得るのがかなり難しくなるということにあります。

親御さんの影響力を減らすのが自立なのに、物理的にも精神的にも影響力を及ぼし得る範囲には親御さんしかいないという事態に陥るわけです。

そうすると親御さんは「自分が全て」なので、わが子に100点満点の対応をしようと頑張り、
そうすると子としては鬱陶しくてしょうがなくなるのはある意味当然で、
そうすると親御さんは対応を間違ったのかなとアレコレ考えて腫物を触るように接するようになり、
そうすると本人はそんな親の姿は見たくないので顔を合わせないで済むように生活時間をずらし・・・という悪循環にハマるパターンです。

 

では、どうすれば良いか。

 

結論から言えば、親の影響力を奪ってくれる「良質な存在」にできるだけ自然に出会うことです。

でもこれには、二つの問題と矛盾があります。

一つ目の問題は、何を以て「良質」とするのか、ということです。

例えばパチンコに夢中になることは「良質」ではない印象を持ちますが、たまたま隣の台に座ったオッチャンがラーメン屋を営んでいて「良かったらうちに来てみるか?」なんてことがあるかも知れない、なんて考えると家にずっといるよりは良いような気もしないでもないです。

もう一つの問題と矛盾は「そもそも自然に出会う機会がないから苦しんでいるのに」ということです。

親御さんが「こちらは松田さんといって、素敵なブログを書く人なので、親には言えないことでも何でも話してごらん」なんて本人の前で紹介してくださっても「不自然」このうえないですよね。

下手をしたら「親の手先、回し者」なんて思われてしまう可能性だってあるわけで、「自分がもし相談に行くとしたら、ぜったい親の知らないところに行こう」と考える方がよっぽど「自然」だったりもします。

もちろん、私たちはご本人にお会いするきっかけとして親御さんのお力を借りたとしても「本人の気持ちを無視して親の希望どおりに誘導する」なんてことは決してしないんですけどね。

いずれにせよそれを信用していただくための最初の出会いはどうしても「不自然」なものになってしまいます。

この二つの問題について、私はここでは結論を出しません。というか、出せないんです。

お一人ずつ事情も違うわけで、私どもの「たくさんの方のお話を聞いた経験」と親御さんの「わが子のことを悩み考え抜いた経験」を持ち寄りながら、お一人ずつ考えていくしかありません。

こちらでは親御さんのご相談もお受けしていますし、毎月第3土曜日(次は4月20日)に家族の会という勉強会も実施していますので、ぜひお問い合わせください。

電話番号は「お、いい・・・に、兄さん、し、渋い!」です。
お問い合わせはメールでもお受けしています。

いつもブログは出先の空き時間に更新するので、「松田はいつもどこかに出かけてる」と思われる方もいらっしゃるかも知れませんが、そんなことはありませんので、遠慮なくご指名ください。
「ブログ読んだ」と仰っていただければ、愛情3割増しでお話をお伺いしますので!

でも、もともと電話相談を担当しているスタッフは私より8割増しで優秀で優しいので、ぜひ電話に出たスタッフにお話しすることをお勧めします。

もちろん、「やばい!親がこのブログを読んで電話するかも知れないから、そんなことになるくらいなら自分から連絡してみよう!」というご本人からの連絡も大歓迎です。むしろそちらを期待して今日のブログは書いていたりします。

それでは、ホットミルクと持ち込みのコンビニチョコが尽きたので、カフェを出て、札幌に戻ります。

<今日の発見>
カフェで出てくるホットミルクにチョコを入れてもココアにならない(チョコはそんな簡単には溶けない)ので、みんな気をつけて!

スタッフ 松田 考