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ブログ

水, 2013-12-18 22:27 | saposute

親愛なる皆さま、こんばんは。スタッフの松田考です。
新千歳空港のホテルから、今年最後のブログを更新しております。

振り返ると、おかげさまで今年はいろいろな地域にお招きを頂きました。
恥ずかしながら私は飛行機が苦手でして、特に寝不足の早朝フライトは間違いなく具合が悪くなるので、最近は「翌日が早朝フライトのときは、仕事後にそのまま空港に移動し、空港ターミナル内のホテルに前泊する」という護身術を覚えました。

今日もそれで新千歳空港に泊まっているのですが、先ほど「それにしても今年はいろんなホテルに泊まったなぁ」なんてしみじみ振り返りながら部屋を出たら、なんと鍵を忘れてオートロックで締め出されてしまいました。

本当にいろんなホテルに泊まっている人ならありえない失態ですね・・・。

ちなみに新千歳空港のホテルは、ターミナル内にある温泉に入り放題という宿泊特典があります。雪の舞う極寒の露天風呂に浸かるたびに「あぁ~生きてるなぁ」という実感とエネルギーが湧いてくるのでオススメです。

ところで、いつも温泉で「生き返って」いる私も含めて、全ての人は「生まれる」ところから人生がスタートします。

この「生まれる」という言葉は受動態、受け身です。英語の授業では「be動詞+過去分詞」なんて習いましたが、「抱く」に対する「抱かれる」と同じく、「生まれる」は「生むことをされる」という受け身の言葉なわけです。

一方で「生きる」というのは能動態、主体的な言葉です。そう考えると、人は「生まれる」という受け身から始まって「生きる」存在へと、徐々に自分の人生を取り戻していく旅路を歩んでいると言えます。

とすると自立というのは、生むことをされた赤ん坊が、生きるという主体に育っていくプロセスのことなのかも知れませんね。

なぁんて哲学めいたことを温泉に浸かりながら考えていると、「生きる」にも次のステップがあることに気が付きます。それは「生かす(活かす)」です。

このことはマズローさんという人がきちんと証明していますが、どうやら人は、生まれて、生きる。その先に、生かしたいという欲求を本能的に持っているようです。

そして、私が寒空の露天風呂で温まったのと同じように、長い孤独を経てサポステで人の温かみに触れた若者たちが「生きてる」という感覚を取り戻す、そんな光景を私たちスタッフは日々目の当たりにしています。

さらには、その先にある「生かしたい」「誰かの力になりたい」という気持ちを、面談や雑談で、あるいは行動を通じて私たちに伝えて下さる方もたくさんいます。

そう考えたとき、働くことはまさに「自分の経験を活かし、同時に自分以外を生かすこと」です。

だから私は、皆さんの「働く」をお手伝いしたいと思っていますし、それができる現場に仕えている私とうちのスタッフは本当に幸せ者だと、温泉に入るたびに気付かされています。

私たちが、このブログを読んで下さっている皆様に「活かされている」ことを御礼申し上げまして、今年のブログを締め括りたいと思います。

本年もたいへんお世話になり、ありがとうございました!

札幌市若者支援総合センター
(さっぽろ若者サポートステーション)
スタッフを代表して 松田考

金, 2013-10-25 18:51 | saposute

親愛なる皆様、すっかりご無沙汰しております。
月イチ改め(あきらめ?)季節に一度のブロガー松田です。

今秋は台風の当たり年のようで、札幌も明日あたり嵐の気配です。
こんな天気には「読書の秋」が一番ですので、私も最近読んだ本に関して書いてみたいと思います。

いまこのブログをご覧の方は、ほとんどが「ニート」という言葉をご存知だと思いますが、2006年にこの言葉が爆発的に日本に広まったきっかけは、玄田有史さんという大学の先生の書かれた「ニート」という本でした。

その玄田有史さんが、今年の8月に日本経済新聞出版社から「孤立無業(SNEP)」という本を出されました。

SNEPとは、Solitary No-Employed Persons の頭文字で、孤立無業者のことだそうです。念のために言いますが、スネップです。「ネ」ですね、はい。

正確な定義は本を読んで頂ければと思いますが、スネップは、無業だけではなく孤立状態にあるという点で、ニートとはその捉え方、切り口が異なります。
ニートが「就労」に対する脆弱状態だとするなら、スネップは「他者との交流」に対する脆弱状態です。ついでにいうとスネップは若年者にも限定されていません。

この本では、孤立無業者(スネップ)の実情を明らかにするとともに、孤立無業でいることが、本人あるいは社会全体にとってどういう影響を及ぼすか、ということが書かれています。

もちろん、ご本人やご家族が読んでも十分に役に立つと思いますが、特に私のように現場で働くスタッフにとって、この本はとても重要な意味を持ちます。

それは、この本が豊富な統計データに基づいて書かれているからです。

私を含めた現場の人間は、どうしても「感覚の積み重ね」や「個別のエピソード」をもとに支援のあり方を見直したり、人に語ったりします。

例えば私が「ニートの人って、結局のところ単に甘えてるだけじゃないの?」と誰かに言われたとしたら、これまで私自身が接してきた方々から受けた印象や言葉を、松田というフィルターを介して返すわけです。

そこには、ある意味では生のリアリティがありますが、客観的な裏付けはありません。これが現場の強みであり限界です。
現場の人間は(少なくとも私は)、直接若者たちと向き合ってきた経験に自信を持ちながら、その一方でそれが独りよがりな感覚に陥っていないか、常に自問自答しています。

この本は、そういう現場の人間にとてつもなく勇気をもたらしてくれます。
「俺が普段感じていたことは、ちゃんと数字にも表れてるんだ!」
「あのときの相談者の言葉は、こういう背景から生まれたんだな」
などなど、勇気の正体は、客観的な裏付け、支援のエビデンスと呼ばれるものです。

他に「家族に庇護されることと就労意欲の関係」や「生活保護に対する考え方と老後不安との関係」というような事象も、データで検証されていたりします。

ともあれ、一流の研究者は現場に「単なる知識」以上に役立つ武器(後ろ盾)をもたらしてくれるんだなあと、この本は改めて感じさせてくれます。

とまぁ、ここまでは、わざわざ書くほどのことではないかも知れませんね。
私が玄田先生を絶賛したところで、それは草野球のピッチャーが「田中マー君がどれだけ凄いか」を力説してるようなもんです。
いや、まったくお恥ずかしい。

実は、エビデンスの重要性以上に、私がこの本のことをブログで紹介したいと思ったのは、若者支援業界に新たな風をもたらしてくれるような気がしているからです。

2006年に「ニート」という本が出されたときには、「ん?そんなけしからん若者がいるのか!」と(誤解も含めて)注目を浴びました。
注目を浴びたことによって、徐々に「ニートは100%けしからん存在なわけでもないらしい」という考えや、「この問題は単なる自己責任だけでなく、社会として放置しておくわけにはいかない」という考えも広まってきました。

また、ニートやスネップという言葉によって「レッテルを貼っているのではないか」という批判もあります。
しかし、「レッテル貼り」かどうかよりも大切なのは、「こういう状態で困っている人がいる」というのを明らかにする(名称をつけることで広く社会に認知してもらう)ことです。
ことの始まりはレッテルかも知れませんが、ニートという問題に関心が集まり、対策が講じられるようになったことに意味があると私は考えます。(実は著者の受け売りですが)

で、本題です。

2002年に「若者が社会的弱者に転落する」と宮本みち子先生が警鐘を鳴らされてから、「ニート」という言葉が出てきてくれたおかげて、「若者という対象」に実際に光が当たるようになったのは紛れもない事実です。

と同時に「就労という課題」にあまりにも強い光が当たったことで、他の部分が陰になってしまったという一面も、私はずっと感じてきました。

例えば若者たちが、他者との交流を通じて社会全体のことに思いを馳せるようになること。
あるいは若者たちが、地域での様々な活動に参加しながら、意志決定に参画すること(民主主義)の大切さを学ぶという体験。

こういった取り組みは「必要性や成果が曖昧すぎる」という指摘をずっと受けながらも、草の根的に受け継がれてきたのですが、そこに「成果」の分かりやすい就労問題が登場したわけですから、「限られた予算をどちらに投入するか」でいけば、勝負は明らかです。

こうして就労支援が若者支援の主役として業界を席捲してきたわけですが、スネップという本は、「就労」を主役に抜擢した仕掛け人が、これまで脇役だった「繋がり」にもスポットライトを当てようというものです。
まさか主役が交代するところまではいかないと思いますが、何が起こるのか、ドキドキします。

私の所属する団体の若者支援部門では、「ニート」という課題にサポステとして専門的に取り組むスタッフ(例えば私)もいる一方で、陰になっていた「繋がり」の部分にも、市の若者支援施設運営事業を通じて、ずっと向き合ってきました。

ですから、少なくとも私たちにとっては「スネップ」は新たなレッテルではありません。
まさに「現場が悶々と感じていた孤立という問題意識に、裏付けがもたらされた」という感覚です。

最後に、人さまの著作ばっかり絶賛するのも悔しい(?)ので、私が前に某雑誌に「貧困と繋がり」をテーマに寄稿した文章の一部を紹介させてください。

***
私たちは、それぞれキャリアコンサルタントや精神保健福祉士といった資格(=明確な専門性)を持ちながら、共通するアイデンティティはユースワーカーという一見あいまいな専門性においています。
ユースワーカーは、直接的に貧困やひきこもりを解決する専門家ではありません。あくまで若者たち自身が、インフォーマルな活動を通して、それぞれ貧困の対策にもなりうるような「人と繋がる力」を獲得していくプロセスに、“あいまいに”寄り添っていくのが私たちの役目です。

「飢えた者には、魚ではなく釣竿を与えよ」という格言があります。魚は食べてしまえば無くなりますが、釣竿はずっと使えて、さらには自分で努力することを覚るからでしょう。

しかし、本当に飢えを満たし続けてくれるものがあるとすれば、それは「一緒に釣った魚を分け合って食べる仲間」との繋がりだと私は思っています。
***

執筆した当時の私が“あいまい”と表現せざるを得なかった部分を、いつか研究者の方が裏付けて下さるのを期待して、やはり私は現場で汗をかいていたいと思います。

孤立無業(スネップ)、ぜひ皆さんお読みください。
このブログで販売促進するわけにはいきませんが、もし購入される方は、1500円です。
10$では買えませんので、あしからず。

スタッフ 松田考

火, 2013-07-30 01:58 | saposute

月の終わりごろになるとこっそりブログをチェックしてくださっている皆さま、いつもありがとうございます、スタッフの松田です。

まずはブログらしく近況報告からですが、7月は毎年恒例の健康診断がありまして、お腹周りが3センチ、体重にして3キロ、去年より減っていました。

個人的には「ちょっと気を抜いたら痩せていく」ことに実はけっこう悩んでいるのですが、この悩みはあまり職場では(特に女性スタッフには)共感してもらえないのでこれぐらいにして「そういえば確か一年前も健康診断のことブログに書いたなぁ」なんて思いながら過去ログを探してみましたら、何と二年も前のことでした。

 

いやぁ、月日の経つのは早いもんですね・・・。

 

どんどん痩せていくことよりも、むしろ急ピッチでオッサンになっていく自分に改めてショックです。

そう言えばつい先週も、定時制高校で進路の授業を行うための準備をしていて、明らかにオッサンになっていく自分を自覚した瞬間がありました。

札幌のサポステでは、去年くらいから学校との連携に関する業務は山名という私より若いスタッフにバトンタッチしているのですが、今回は山名の都合がつかなかったため、私が授業に行くことになりまして「よく考えたら大勢の生徒さんの前で話すのは今年度になって初めてかも。何を話そうかなぁ。」なんて考えているうちに、心臓がドキドキしてきたのです。

授業の中身を考えようとすればするほど緊張は高まって、

「こんな話、果たして生徒の皆さんは聞きたいと思うだろうか」

「ツカミでスベったら痛すぎるから、変に笑いを狙わない方がいいだろうか」

「オッサンが偉そうに説教してんじゃねぇよって思われるんじゃないだろうか」

「誰一人としてスマホから目を離してくれなかったらどうしよう」

なんてネガティブな妄想は広がる一方です。

 

数年前までは、偉い大人の前で話すときには緊張しながら入念に準備をしつつ、若い人の前ではありのままで(偉そうに言えばアドリブでも)勝負できるつもりでいたのですが、気が付いたら逆転している自分がいたのです。

正直に白状すれば、ありのままの自分で10代の生徒の前に立つことが急に怖くなったのです。

 

アラフォーというお年頃は、誰でもこういうものなんでしょうか?

「気持ちだけはまだまだ若いつもりなので、仲間だと思って遠慮なく何でも話してくれよな」なんて笑顔でキメたつもりが、若い人たちから失笑で返されるようなイタイ大人に私も着実に近づいているのでしょうか。

「念のために言っておきますけどぉ、山名さんと同じことをもし松田さんがやったらセクハラですからねぇ」なんていう、避けようの無い流れ弾が飛んでくる覚悟も、そろそろしておいた方が良いのでしょうか。

オッサンはオッサンらしく「AKBがみんな同じ顔に見える」と言えば良いのでしょうか?それとも意表をついて「AKBの顔と名前が全員分かる」と言えば良いのでしょうか?どちらを選んでもアウトな気がするのはなぜでしょうか。

 

・・・なんて愚痴はさておき、実は今回「高校生との歳の差」を突き詰めて考えているうちに私の中で「そろそろ自分がオッサンであることを認めたうえで、今後の仕事における自分の立ち位置(チームにおけるポジション)を考えていかないとな」という自覚が芽生えました。

正確にはそれは芽生えたのではなく、前々から見て見ぬふりをしていた問題で、言い換えれば、若い人たちから親近感を持ってもらえる「お兄さん」のような立ち位置(つまりは現場の最前線)でいることにムリが出てきた私(と同世代の同業者)が、どうやってこの仕事を続けていくか、という問題でもあります。

 

一般的に、私たちのような「若者支援」と呼ばれるような業界で働くアラフォーのポジションを改めて考えてみた場合、仮に若手スタッフに「お兄さん」的な役割を譲ったあとの身の振り方としては、

①夜回り先生や殺せんせーのように「先生」という肩書きを背負ったうえで若者から慕われ、必要とされ続ける

②若い人と直接的に関わることよりも、現場スタッフの育成や組織運営といったマネジメント的なポジションで豊富な経験を活かす

③さらに、自組織の枠も超えて、日本の若者支援業界全体のために活躍する

というあたりに分類されるのかなと思います。

 

もちろん、これらはどれか一つを選択するだけでなく、局面によって使い分けたり、一人で何役もこなしたり、ということもあり得ますし、また実際にそうされている凄い方を私も全国で何人かはお見かけしています。

かくいう私はまだ、自分が「お兄さんに未練があるオッサン」であることをようやく自覚した程度なので、これから少しずつ次のステージを目指していきたいと思います。

そんなことを言いながら、もし2~3年後の夏も「健康診断に行ってきました!」なんてブログをまだ私が書いているようなら、「おたくのサポステはどうやら糞詰まりの便秘症状が出ていますよ」と遠慮なく診断してくださいね。

 

このブログは、いつもは苦しんでいる若者へのエールのつもりで書いていますが、意外と同業の方も読んで下さっているみたいなので、今回はちょっと趣向を変えて支援者側のキャリアについて書いてみました。
伝統や前例の極めて乏しいこの業界におけるキャリアシフトについて、これから皆さんと一緒に考えていければという思いです。

いつにも増して、当サポステの公式なものというより、あくまで松田個人の意見として(多分に遊びの混じった戯言として)お読み頂ければ幸いです。
 

それでは、お付き合いいただき、ありがとうございました。
皆さま、素敵な夏をお過ごしください!

松田考

金, 2013-06-21 19:19 | saposute

親愛なる皆さま、こんばんは。スタッフの松田考です。

突然ですが、今日は利用者のAさんのことをご報告します。

(以下、ご本人の許可を頂いて書いています)

Aさんは、生活や睡眠のリズムを一定に保つのが難しい状態だったので、就活の前段階の健康づくりということで、数か月前からゴルフの打ちっぱなしに通い始めていました。

私も体を動かすことには賛成しつつ「なんでまたゴルフやねん!オッサンかい!」なんて内心ツッコミを入れていたのですが、何とこのたび、その練習場の職員の方が「君はいつも平日から来ているねぇ。どうしたの?ほぅ、なるほど。そういうことならうちで少し働いてみるかい?」なんて声をかけてくださって、アルバイトが決まったのです。

やっぱりゴルフはオッサンの遊びではなく、紳士のスポーツですね。

Aさん、仕事は決まってもいつでも遊びにきてくださいね!

 

さてさて、ここでいったん話しは変わって、今週19日の水曜日に行われた2つの会議についてご紹介したいと思います。

一つ目は「さっぽろ子ども・若者支援地域協議会」といって、札幌市内の子どもや若者に関わるいろんな専門機関の担当者が集まる会議です。

俗に「縦割り行政」なんて言われますが、福祉や教育や雇用など様々な分野の担当者がまずは顔見知りになることで、この「隙間」を埋めることを目指しています。

さらには、学校を卒業したり、児童福祉の対象年齢を超えたりすることによって支援から外れてしまうような「途切れ」についても、子ども対象の機関と若者対象の機関とが一致団結してこれを埋めることが大切です。

こういった「隙間」と「途切れ」を埋めるために、「さっぽろ子ども・若者支援地域協議会」はこれからも隔月ペースで続いていきます。

イチ民間人の若造に過ぎない私が、並み居る行政担当の方々を前に会議を仕切るわけですから、毎回とても緊張します。一年で最もお腹が痛くなる時間ですが、とても大事な会合なので、これからも頑張ります。

 

で、そのあとの晩には別の会議がありまして、こちらは先ほどのAさんに関係します。

Aさんのように履歴書に長い空白がある方にとって必要なのは、立派な面接の受け答えができるテクニックだけではありません。

「おや、佐藤さんちのお嬢ちゃん、久しぶりだねぇ!なに?仕事を探してるんだって?それなら知り合いがやってるパン屋があるから、働かせてもらえるようにちょっと頼んであげるかい?」

と声をかけてくれるような、ちょっと暑苦しい近所のオッサンだったり、

「さっきアンタの少年野球のときの監督さんにバッタリ会ったんだけど、『ケンジ君がいろいろと悩んでいるんだったら、気分転換を兼ねて来週の練習の手伝いに来ないか』って仰ってたわよ」

と誘ってくれるような、ちょっと怪しいオカンと監督さんの関係だったりするわけです。

こういった御縁(コネ+ネットワーク)を私たちは「こねっと」と名付けて、「サポステに来ている若者のために、私の人脈で手伝えることがあったら使ってよ」と言ってくださるサポーターさんと、実際に利用している若者とが顔を合わせる「お喋り会」を月に一回行っています。

この日も、参加した若者が「就労に向けてまずは運転免許を取りたい」とポロッと言った途端に、サポーターさんの一人がその場で知り合いの教習所の教官に電話して値引き交渉を始めるなど、実にスピーディーでユニークな一幕がありました。
ありきたりのサポートで上手くいかなかった若者たちにとって、この役立ち感とオーダーメード感こそ、こねっとの最大の武器なんだぞと、ここはあえてドヤ顔で言わせていただきます。

ちなみにこねっと集会は、毎回サポーターの皆さんがお菓子を持ち寄るので、昼間のお腹が痛くなる会議と違って最もお腹が膨れる仕事です。

こんな感じで私も(こねっとサポーターNさんの安産を祈念して!)お腹を痛めたり膨らませたりしながら、お仕事を頑張っていきたいと思います。

スタッフ 松田考

木, 2013-05-23 21:44 | saposute

親愛なる皆さまいかがお過ごしですか、スタッフの松田です。
下手なダジャレで恐縮ですが、タイトルのとおりこちらのサポステでは、いま筋トレが静かなブームを呼んでいます。

サポステの入っている若者支援総合センターは4月1日に移転しまして、ロビーの一角に4畳ほどの筋トレコーナーを設けています。

腹筋マシン、ベンチプレス、レッグマジック、エアロバイクなど、粗大ゴミ捨て場や家で眠っていた器具を寄せ集めて置いてあるだけですが、もしかしたら「対人関係に自信がない」「働きたいけど踏み出せない」「眠れない」といった様々な悩みに対して、筋トレはある意味カウンセリング以上の効果を発揮しています。(科学的な根拠は全くないので、話半分でお付き合いください)

そんな筋トレコーナーの合言葉は「夏の海に向けて肉体改造」。

世の女性が筋肉ムキムキの男をどう思うかはさておき、肉体を鍛えることで夏の海でモテてやろうという不純な動機です。
あるいは世の男どもが意外とぽっちゃりな女性の方が好きなのはさておき、引き締まったウエストをビキニの間から見せつけてやろうという素敵な動機です。

これ、すごくいい感じだと私は思っています。

何がいいって、「いま頑張れば、夏にはいいことがある」っていう未来への期待と、「ムキムキになれば、女性が振り向いてくれる」っていう周囲への期待、この2つが両方あるところです。

未来への期待は「キャリア形成」とも言いますが、今の自分の振る舞いが将来の自分にちゃんと繋がっているという感覚です。
しんどくても頑張れば、昨日より今日、今日よりも明日、重たいバーベルを挙げられるようになる喜びです。

周囲への期待は「社会参加」とも言いますが、自分が周りの人と互いに意味を持った存在であるという感覚です。
筋肉ムキムキになれば(良くも悪くも)ビーチで目立つことができるという喜びです。

この2つが揃うから、人は頑張れるのです。

ちなみに「どうせ」という諦めの感情はこれの真逆です。
どんなに筋トレしても成果が出なかったり、ビーチに行っても誰もいなかったら、人は頑張れないのです。

だからこそ、自分の将来や周りの人・社会に対して「どうせ」という感情に埋め尽くされそうになっている方にこそ、筋トレを体験してほしいと、私はちょっと本気で思ってたりします。
4月から異動してきたマッスルトレーナー(高校野球で甲子園に出た経験のあるゴリマッチョ)とともに、あなたをお待ちしています。

元マッチョ 松田考

(おまけ)
若者支援総合センターのような「居場所」を作ってしまうと、そこに居心地の良さを感じて、かえって働こうとしなくなる人が出てくるんじゃないの?
というご批判を頂くことがあります。
確かに、そういうこともあるかも知れませんが、それでも、私はこういう居場所は絶対に大切だと思っています。
そして「こういう場を次の世代に受け継いでいけるように、自分は次のステージ目指して頑張ろう」と自ら感じてもらえるような居場所でありたいと思っています。
そのヒントが、筋トレ(キャリア形成と社会参加を感じられる場)にあるような気がしているのです。

火, 2013-04-09 11:52 | saposute

皆さんこんにちは、月イチブロガーの松田考です。

今日は銀座のカフェから更新しています。
コーヒーは苦いので拒否(飲めないわけじゃない)している私はホットミルクをたしなんでいます。
それにしても「銀座って、ミルク一杯でこんなに高いんですよ!」なんてブログのネタにしてやろうと思ってたら300円と意外に普通でガッカリ(?)でした。

今朝は、永田町のキャリア教育推進委員会というところにお招き頂いて「若者がキャリアの隙間に落ちるリスクの高い今の世の中で、学校のキャリア教育ってどうすればよいの?」というようなことを僭越ながらお話しをしてきました。

名前を聞けば誰でも知っているような議員さんもいらして、私なんぞにとっては一世一代の晴れ舞台というか場違いというか、貴重な経験をさせて頂きました。

先日、大阪の実家に顔を出して、食事をしながら両親に「おたくの息子はこういう機会も頂いているんだぞ」とちょっと報告(ある意味、親孝行のつもりで)したのですが、返ってきた反応は

父「そんなことより、お前はもうちょっとまともなスーツを持ってないのか?そんな恰好で人様の前に出て、恥ずかしいと思わんのか」

母「それよりアンタ、昔から食べるの早すぎ。ちゃんと噛んで食べなアカンよ」

というものでした・・・。

息子の活躍を喜んでくれるかと思いきや、まさかの説教。アラフォーの息子でも、親はいつまでも親なんでしょうかね・・・。

さて、このちょっと厄介な「親」なる存在、若者支援のお仕事をしていると、とっても重要なカギを握っていることがありますので、今日は「親論」をちょっと書いてみようと思います。

突然ですが私は「自立」というものを「親の影響力を徐々に減らしていく営み。周りの人や社会の諸制度が、親の存在感をどんどん奪っていくプロセス」だと考えています。

「休みの日は家族で過ごすよりも友達と遊んでた方が楽しい」
「いつも先生は親とは違うこと言うけど、そういう考えもアリだな」
「親にでかい顔されたくないからバイトして好きに使えるお金を手に入れよう」
「親に怒られてムシャクシャしてたけど、『そんなこと忘れてイイことしようよ』と電気を消してくれた彼女のおかげで目覚めスッキリ」
「親に苦労かけたくないので、実家に帰らずに社会保障制度を活用して、何とか自力で頑張ろう」

とまぁ、こんな場面に「生きていれば自然と」巡りあっていくのが、自立するということだと私は思っているわけです。

一方で、サポステにご相談に来られる親御さんからは「私の育て方が間違っていたのでしょうか」ということをよく聞かれます。

答えは99%「ノー」です。

先に書いたような「自然な」出会いが難しくなっている世の中にあって、自立のプロセスが進んでいくかどうかは、親御さんの努力や育て方の問題ではありません。

まぁ、1%の部分で「子どもがこういう出会いに巡りあうのを過度に邪魔しない」というのは親にできることだとは思いますが、いずれにせよ、外側から親の役割を良い意味で奪っていく存在に出会えるかどうかは、親御さんの責任ではないというのは断言できます。

そういう意味で、学校にも就労先にも所属を失うことの一番のリスクは、自然と過ごす日々の中でこういった出会いを得るのがかなり難しくなるということにあります。

親御さんの影響力を減らすのが自立なのに、物理的にも精神的にも影響力を及ぼし得る範囲には親御さんしかいないという事態に陥るわけです。

そうすると親御さんは「自分が全て」なので、わが子に100点満点の対応をしようと頑張り、
そうすると子としては鬱陶しくてしょうがなくなるのはある意味当然で、
そうすると親御さんは対応を間違ったのかなとアレコレ考えて腫物を触るように接するようになり、
そうすると本人はそんな親の姿は見たくないので顔を合わせないで済むように生活時間をずらし・・・という悪循環にハマるパターンです。

 

では、どうすれば良いか。

 

結論から言えば、親の影響力を奪ってくれる「良質な存在」にできるだけ自然に出会うことです。

でもこれには、二つの問題と矛盾があります。

一つ目の問題は、何を以て「良質」とするのか、ということです。

例えばパチンコに夢中になることは「良質」ではない印象を持ちますが、たまたま隣の台に座ったオッチャンがラーメン屋を営んでいて「良かったらうちに来てみるか?」なんてことがあるかも知れない、なんて考えると家にずっといるよりは良いような気もしないでもないです。

もう一つの問題と矛盾は「そもそも自然に出会う機会がないから苦しんでいるのに」ということです。

親御さんが「こちらは松田さんといって、素敵なブログを書く人なので、親には言えないことでも何でも話してごらん」なんて本人の前で紹介してくださっても「不自然」このうえないですよね。

下手をしたら「親の手先、回し者」なんて思われてしまう可能性だってあるわけで、「自分がもし相談に行くとしたら、ぜったい親の知らないところに行こう」と考える方がよっぽど「自然」だったりもします。

もちろん、私たちはご本人にお会いするきっかけとして親御さんのお力を借りたとしても「本人の気持ちを無視して親の希望どおりに誘導する」なんてことは決してしないんですけどね。

いずれにせよそれを信用していただくための最初の出会いはどうしても「不自然」なものになってしまいます。

この二つの問題について、私はここでは結論を出しません。というか、出せないんです。

お一人ずつ事情も違うわけで、私どもの「たくさんの方のお話を聞いた経験」と親御さんの「わが子のことを悩み考え抜いた経験」を持ち寄りながら、お一人ずつ考えていくしかありません。

こちらでは親御さんのご相談もお受けしていますし、毎月第3土曜日(次は4月20日)に家族の会という勉強会も実施していますので、ぜひお問い合わせください。

電話番号は「お、いい・・・に、兄さん、し、渋い!」です。
お問い合わせはメールでもお受けしています。

いつもブログは出先の空き時間に更新するので、「松田はいつもどこかに出かけてる」と思われる方もいらっしゃるかも知れませんが、そんなことはありませんので、遠慮なくご指名ください。
「ブログ読んだ」と仰っていただければ、愛情3割増しでお話をお伺いしますので!

でも、もともと電話相談を担当しているスタッフは私より8割増しで優秀で優しいので、ぜひ電話に出たスタッフにお話しすることをお勧めします。

もちろん、「やばい!親がこのブログを読んで電話するかも知れないから、そんなことになるくらいなら自分から連絡してみよう!」というご本人からの連絡も大歓迎です。むしろそちらを期待して今日のブログは書いていたりします。

それでは、ホットミルクと持ち込みのコンビニチョコが尽きたので、カフェを出て、札幌に戻ります。

<今日の発見>
カフェで出てくるホットミルクにチョコを入れてもココアにならない(チョコはそんな簡単には溶けない)ので、みんな気をつけて!

スタッフ 松田 考

木, 2013-03-28 18:38 | saposute

皆さまこんばんわ。スタッフの松田です。今日は日帰りの東京で、いま羽田空港からフライト直前に焦りながら更新しています。

今朝、空のペットボトルに麦茶を入れて持ってきたのですが、新千歳空港の手荷物チェックで機械にかけられたあと、係の人に「一口飲んでみてください」と言われて驚きました。

機械の意味、ないやん!!
それにしても、もし有毒の液体を入れてたら危ないところでした。
皆さんも飛行機では毒を持ち運ばないように気を付けてくださいね。

さて、最近はワタクシゴトばかり書いていたので、今日はサポステに関することです。
というか、時間もないので、大切な連絡をひとつ。

私たち、サポステは4月1日に引っ越します!

ご連絡が遅れて申し訳ありませんが、もろもろの手続きの関係で、今日まで正式には決定していなかったので公表できなかったのです。お許しください。

いや~、やっと言えてスッキリしました。
「王様の耳はロバの耳!」って叫んだ床屋さん(でしたっけ?)の気持ちが分かります。

引っ越し先は、南1条東2丁目バスセンタービル2号館です。バスセンター駅からすぐ、大通駅から地下通路でこれますし、札幌駅からも一度も地上に上がらずにたどり着ける、実に雪国向きの場所です。

オフィスビルの中に入るのですが、一階と二階が若者支援総合センターになり、そのうち二階を主にサポステなど個別相談で使用します。

これからは新聞に載ったり、トップページに出したり、露出していきますので、皆さんもお間違えのないようお越しください。
なお相談は4月3日から受け付けの予定です。

あ、そうそう、相談用電話番号も変わってしまいます。(メールアドレスは変わりません)

新しい番号は 011-223-4421 です。

私は新しい数字のゴロを考えるのが趣味なので、今日のオチがわりに報告させていただきます。

 011-223-4421
お、いい!に、兄さん!し、渋い!

「年上の同性の禁断の魅力に目覚めた若い男の動揺」をイメージして、ぜひダイヤルしてくださいね。

あわせて、もっと素敵な(上品な)ゴロ合わせも募集しています。

それでは、新しくなったサポステでお待ちしています!

スタッフ一同 代表して松田考

木, 2013-02-14 09:21 | saposute

皆様おはようございます。
今朝は琵琶湖のほとりにあるホテルで目覚めました、スタッフのMATSUDAです。
窓から見える「日本一の湖」は、大きな池もしくは小さな海といった感じです。(例え下手すぎ?!)

前回のブログでは、意外と皆さんベンチを並び替えたイタズラを気に入っていただいたようで、お会いした何人かの方から「松田さんのSEXのアレ、見ましたよ~」なんて、知らない人が聞いたらドッキリするようなコメントを頂きました。

基本的にこのブログは苦しんでいる若者への応援歌のつもりで書いているのですが、松田個人のエピソードを通じてサポステへの親近感を持ってもらえるなら、それはそれで嬉しいことなので、今回のブログはいつも以上に私物化してみようかと思います。

ということで、「琵琶湖の見える~」なんて書き出しを読んで「お前のお目覚め事情なんて知らんがな!芸能人のブログか!」と心の中でツッコミを入れてしまった方、何より私自身もそれがまっとうな感覚だと思いますが、ここから先は寛容な気持ちでお願いします。
(日々のサポステの様子は、リポートや動画でご報告しております!)

あと、あまり出張ネタを書くとこれまた「知らんがな!忙しいアピールか!」とツッコミたくなる方もいらっしゃるかと思いますが、それについては誤解です。(出張=忙しい=偉い、とも思わないし、そもそもそんなに飛び回っているわけでもないです)

むしろ今日は「苦手な飛行機に頑張って乗ってるよ」っていうアピールをしたいと思っています。

実は私、左右の耳のバランス(聴力じゃなくて平衡感覚)が悪いらしく、よく目まいを起こします。春先、急な気圧変化のあった朝には、目が覚めたら世界が回転していて起き上がれないなんてこともあります。

そんな私ですから、離陸と着陸の時間帯はけっこう辛いんです。単純な乗り物酔いともまた違う、血の気がひく感覚に襲われながら「その日に何となくしっくりくる頭の傾き具合」を探り当てて、目を閉じて耐えているのです。

そして、ここからいよいよ本題ですが、ここ何年か、この恐怖を少し和らげてくれるグッズを見つけました。

 

それは、チョコレートです。

茶色くて甘い、チョコレートです。

 

チョコを口に含んでいると、少しだけ血の気が回復するせいなのか、気分が楽になります。もしかしたらシュークリームを頬張ってもご機嫌のあまり目まいを忘れるのかも知れませんが、いろいろ試した範囲では今のところチョコがいちばんです。

今月は、今日の京都のあと、東京や韓国、名古屋と出張が続くので、そのたびにチョコを買うつもりです。大変です。

 

・・・あれ?そういえば今日って何の日でしたっけ?

偶然!バレンタインデーですね!

 

海外では男性から女性に、なんてウンチクは知りません。
義理、本命、目まい予防、このさい理由も問いません。
チョコです、チョコが欲しいのです!!!

ワッショイ!!カカオマス!!

 

・・・すみません、取り乱してしまいました。

 

取り乱したお詫びに、というか今日のオチに、バレンタインデーにまつわる私の切ない過去を晒しておきます。

あれは忘れもしない中学2年の冬、バレンタインデーを境になぜかクラスの女子が急に私に冷たくなるという事件がありました。

全く心当たりがないままクラス替えを迎え、3年で初めて一緒になった女子から5月頃に「松田って性格メチャ悪いって噂で聞いてたけど、話してみたら意外とそうでもないやん」って褒め(?)られたので、恐る恐る「え?どんな噂があるん?」って聞いてみたところ、返ってきた答えはこちら。

 

「2年のバレンタインのとき、チョコくれた子に『お前、自分の顔鏡で見たことあんの?』って言うて、目の前でチョコをゴミ箱に捨てたらしいやん」

 

「えぇ~~!?」です。

そんなこじゃれた(?)セリフ、ドラマの中でしかあり得ないですよね。
それこそ「芸能人か!」のツッコミですよ。
いくら女子に対しては素直になれない中2男子でも、おチョコ様を捨てるなんて、ありえないです。

しかも、その子いわく「実際にそれを言われた女子が誰なのかは誰も知らないんだけどね」って。
私のセリフと行動がそこまでリアルになっているのに相手はベールに包まれたままなんて、冷静に考えたらおかしいところだらけです。

私に教えてくれたその子も「言われてみれば、確かにありえへん話やね。なぁんや、ウソやったんかぁ。でもアンタ、その噂でめちゃめちゃ評判悪なってるから、気ぃつけや~」と忠告(?)してくれて、それを境にこの事件は終息していきました。

まぁ、今にして思えば「松田君がそんなこと言うはずないわ。ねぇみんな、きっと何かの間違いだと思わない?」とフォローしてくれる女子が誰もいなかったという時点で、噂に関係なくもともとそういうキャラに見られていたということなのですが。

あとは、噂を面白がってせっせと盛り上げてくれるような、悪くてお茶目な男友達しかいなかったという大阪イズムも、悲劇の一因です。
そういえば札幌に移住を決心したのもちょうどこの頃です。

 

それにしても、思い出しただけでも、目まいがします。

心優しい読者の皆様、目まいに効くもの、お待ちしていますね♪

 

スタッフ 松田考

 

※サポステスタッフは利用者の皆様からの金品の受け取りは禁止されています。当ブログには誤解を与えるような表現(心の声)が含まれておりますので、ご注意ください。

土, 2013-01-05 04:13 | saposute

親愛なる皆さま、明けましておめでとうございます。スタッフの松田です。本年もどうぞよろしくお願いいたします。

正月は大阪の実家にツッコミ力を磨きに帰ったのですが、何人かの旧友から「お前のブログみたけど、えらいキャラ変わってるやん」と逆に突っ込まれてしまいました。

たしかに高校時代の私は、アメフト部の悪友たちとショッピングモールの吹き抜けの一階にあるベンチをせっせと移動させて、上の階から見たら「S」「E」「X」と読めるように並べるなど、愛と茶目っ気にあふれる少年だったのですが、今ではすっかり勢いが衰えてしまったかも知れません。その点に関しては、お詫びして改めたいと思います。

それにしても、正月はたっぷり休み、遊びました。告白すると、今日も休みです。社交辞令を含めて「お忙しく活躍なさっているようで」なんて年賀状もいただきましたが、けっこうダラダラしています。(「ダラダラしてる暇あるなら年賀状の返事書けや!」っていうツッコミは勘弁してくださいね)

休みと言えば、私は仕事柄「松田さんが接しているようなニートの人たちは毎日が日曜日みたいなもんでしょ、気楽でいいよね」なんて言われることがあります。
だいたいの場合、特に仕事と関係のない知人がイメージで喋っているだけなので、こちらも適当に流すのですが、今日はこの場を借りて、ニートやひきこもりと呼ばれる状態にある若者とたくさん接してきた経験を踏まえて、少しだけ反論しておきます。
(そうすれば、今度から同じようなことを言われたときに「ブログ読んで」で済むので楽です。)

日曜日の夕方、テレビでサザエさんの主題歌を聞くと「これで休みも終わり、また明日から仕事かぁ・・・」と、まだ休み中なのに気が重たくなる「サザエさん症候群」という言葉があります。

私の経験(だけ)から言えば、「毎日が日曜日」というのは決してお気楽ではなく、むしろ「毎日がサザエさん症候群」のようなものです。
「いやいや、彼らは明日も日曜日なんだから、気楽なもんでしょ」と思われる方もいるかも知れませんが、そうではありません。周りからはゲームばっかりして楽しんでいるように見えても、寝てばかりいるように見えても、そんな日々がいつまでも続くわけじゃないことくらい、本人たちは十分すぎるほどに分かっているのです。

サザエさんが毎週日曜に「さぁて、もう一晩寝たらまたお仕事が始まりますよ」と知らせてくれるのと同じく、ニートやひきこもりと呼ばれる状態にある若者の心の中にも、毎日のように(あるいは不定期に)「さぁて、明日こそ何とかしないといけないですよ」とささやく人がいます。

それは、自分自身です。

私の経験上、周りからは何にも考えていないように見える人でも、ほとんどの方はプレッシャーと葛藤しています。
しかもそのプレッシャーは漠然としているので、「明日からの仕事」のようにその内容や大きさが具体的に予測できるものに比べて、不安が増長されて本人にのしかかっています。

それに、「明日からの仕事」が明確な人の場合、日曜日にサザエさんを観た翌日には必ず月曜日がやってきます。
「日」曜日のあとに「月」曜日が来るわけで、二つの漢字を並べると「明」になります。文字どおり「明確で、明るい、明日」がやってくるわけです。

一方で、「毎日が日曜日」という場合、隣に「月」曜日がやってこないので、「明」の字は完成しません。もちろんこれはただの言葉遊びですが、やはりそういう状態にある若者たちが心の底から明るく、気楽な日々を送っているかと言われれば、決してそうではないと私は思います。
少なくとも私が接してきた範囲では、延々と繰り返される日曜の夜の過ごし方に戸惑い、まだ見ぬ月曜日の過ごし方に不安を抱き、それでも前に進もうと葛藤されている方がほとんどです。

私は、このブログがそんな戸惑い・不安・葛藤を抱えている方にとって一歩を踏み出すきっかけになることをいつも願って書いています。
未来が希望に満ちているなんて大それたことは言いませんが、そう悪くない「明日」を私たちスタッフと一緒に見つけていきませんか。
ご連絡をお待ちしています。

それでは改めて、新年のご挨拶を。
「明」けまして、おめでとうございます!

札幌市若者支援総合センター
さっぽろ若者サポートステーション
スタッフ一同

月, 2012-12-03 01:21 | saposute

皆さまこんばんは、二週連続でブログを更新しております、意外とやればできる男、松田です。
おそらく今月の後半は酔っぱらってるか仕事に追われているかのどちらかなので、今のうちに書いてしまう作戦です。

さて、衆議院選挙が近づいてきましたね。新聞やニュースを見ても、いろんな政党が出てきて他党との違いをアピールしていますが、TPPや原発、外交と同じくらいその党の方針を示す指標として、雇用対策や社会保障に対する考え方が出されています。

我が党は、雇用対策をこう考えています。社会保障については、こういう方針です。
ってなことを国民に対して表明しているわけですから、それだけ投票する側にも雇用問題や社会保障に対して関心を持つ人が多いということなのでしょう。

私自身も、若者の就労支援施策や生活困窮者への自立支援施策がどうあるべきか、というような会議に委員として出席する機会を頂いていることもあり、各党の考え方はやはり気になるところです。

見たところ、党を問わず雇用問題でも社会保障の問題でも、「働ける人」というカテゴリーを設けて論じられているなぁというのが私の印象で、もう少し言えば、「働ける人にはきちんと働いてもらったうえで、そうでない人へは社会保障をきちんとしよう」とか「働ける人の数を増やそう」といったような言葉に私はちょっと違和感を持っています。

このことに私が引っ掛かるのは「その人は働けるのかどうか」をそもそも誰がどうやって決めるのか、それが曖昧すぎることによって若者たちが苦しんでいると感じているからです。

例えば私たちのところには、心療内科や精神科に通いながら相談に来られる方が少なからずいらっしゃいます。
皆さん主治医のGOサインをもらって来ているのですが、お医者さんの言う「あなたは働けますよ」と、採用面接官の言う「あなたは働けますよ」とは、その意味合いもレベルも、まったく違います。

お医者さんの言う「あなたは働けますよ」というのは

・あまりストレスになるような人がいない職場環境で
・新人の間はきちんと教えてくれる先輩社員がいて
・課される業務内容はある程度先まで見通しが立てられて
・休みは、労働法の範囲でちゃんと保障されている
→そんな職場であれば、あなたは働けますよ

という意味です。

一方で企業の採用担当が同じセリフをいう場合は

・多少ストレスになるような人がいても折り合いをつけながら
・仕事はできるだけ早いうちに周囲を見て学んでもらって
・その都度、期待される役割に柔軟かつ迅速に応えながら
・休みは、職場に余裕がある場合に限って申請を検討する
→それができれば、あなたは働けますよ

という意味です。

もちろん一概には言えませんし、医師や企業の採用担当の方を批判するつもりも全くありません。
私が言いたいのは、「あなたは働けますよ」という言葉は、「言われている側の状態や能力」ではなく、「言う側の立場や判断基準」によって変わるということです。
たいていの場合、お医者さんに「Aさん、あなたなら十分に働けますよ」と言われたとしても、「本当ですか!じゃあ先生の下で医療事務として働かせてください!」と返した瞬間にAさんは「働けない人」に変化するのです。

同じように、「働く意欲のある人」「ない人」という境目も、実に曖昧です。

若者サポートステーションは、厚生労働省が就労(に向かう)支援として全国各地で民間委託している事業なので、基本的には「様々な理由で今は働けていないけれど、働きたいという意欲のある人」を対象とした設計になっています。

ですので、「親に強引に連れてこられて渋々・・・という若者」や「現時点で就労に向かえるだけの健康状態・生活状態にない若者」とじっくり寄り添えるだけの人員配置は、サポステの予算ではかなり難しいのが実際の台所事情です。

こういった、一見すると「サポステでは対応が難しい」「まだサポステどころじゃない」と思われる若者とどう向き合うか、がおそらく全国のサポステで問われています。

十分なサポート体制をご用意できないのを承知で就労相談の範疇でお受けするのか、「ごめんなさい、うちではご期待に応えられませんので」といって他の機関をご案内するのか、「状況が変わったら来てください」といって先送りにするのか・・・。とても難しい問題です。

ちなみに私のいる「さっぽろサポステ」は、札幌市若者支援総合センターという札幌市が設置している包括的な若者支援施設の中にあるので、サポステだけでは難しい場合でもセンターとして継続したサポートができる体制をとっています。

サポステと総合センターの違いは前にブログで書いたことがあるので興味のある方には探して頂くとして、そういった一見すると意欲がなさそうにふるまっている方でも、時間を共有することさえできれば必ず変化が見られます。

ここでも、おそらく変わっていくのは「本人の意欲や状態」というよりも「私たちの見え方や感じ方」の方であって、やはり安易に「この人は働けるか否か」「この人は意欲がある人か否か」を勝手に決めつけてはならないな、と思わされます。

かくいう私も、12年ほど前に全然違う業界から今の職場に転職してきて、やたらと同業者に「松田君って、〇〇な人だよね」と決めつけられてウンザリした記憶があります。

占い師ならまだしも、人のことを分かった気になって分析してしまうのがこの業界の職業病なのだとしたら、私も気を付けないとなりませんね。

そういえばこの前、友人と飲んでて「世の中には、やたらと人のことを分析したがる人っているじゃん?松田って、そういう人がドヤ顔で批評したくなるタイプなんだよ」と言われました。
自分でそのとおりだと思うほど私は自意識過剰ではありませんが、誰だってそういうターゲットにされたらイヤだと思うのです。

ちなみに「言うてるお前も、俺のことドヤ顔で分析してるやん!」っていうツッコミはそのとき咄嗟には出てきませんでした。
すっかり錆びついたツッコミ力を磨きに、年末年始は大阪の実家に帰ろうと思っています。

これが今年最後の更新かも知れませんので・・・皆様、よいお年を!

スタッフ 松田考