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ブログ

木, 2008-10-23 19:58 | saposute

 先日、箱根駅伝の予選会がありました。1月の結果でシード権を取れなかった学校や本大会を目指す学校が予選会にエントリーしました。予選会は本大会のように「襷」をつなぐのではなく、1校から10名?ほどの選手が走って全員の合計タイム上位12?校が本大会に出場できるというものでした。

 33年ぶりに本大会出場を果たした学校や11年ぶりに出場を逃した学校など様々でした。

 以前は全く駅伝に興味がなかった私ですが、ここ1~2年で駅伝を見るようになってきました。マラソンとは違う面白さやドラマがありますね。

 来年は、どんなドラマがあるのか?楽しみです♪

 ところで、このブログの「襷」が途切れてしまっているので、どなたかつないでくれませんか?スタッフでこのブログを最初に見た方・・・「襷」を渡します。

 照井

水, 2008-10-08 15:15 | saposute

 「赤鬼」川井さんからバトンを託された照井です。現在、ワーカーズファーム9期・11期を担当しております。

 松田さんや川井さんから「照井」=「ラーメン」みたいになっているのでラーメンの話をしない訳にはいかないでしょうね。とは言っても、私はラーメンに関しては素人です。ここ(サポステ)の応援企業として日頃からお世話になっている「和知(わしれ)」さんはラーメン屋さんでありますので、私がこの場でラーメンについてあれこれ講釈を垂れるのは場違いと思いますので控えさせていただきます。

 ラーメンに限らず料理することは好きです。なので、炊事プログラムの時にはついつい口や手を出したくなってしまいます。

 でも、私、不器用で要領も悪い人です。

 幼稚園の時、「こいのぼり」の工作では「のりしろ」を切り取ってしまったり・・・

 小学生の時は、図工は苦手、絵心ゼロ・・・

 中学生になると、技術科で作った椅子は座ったらペシャンコ・・・「ペン立て」にはペンがささらない。美術では、提出期限までに作品が完成せず・・・

 「術」と付くものは苦痛を伴うものばかりなのでしょうか?「手術」「忍術」・・・

 それが、不思議なもので20歳を過ぎた頃から、創作系のものが好きになっていったんですね。きっかけは、「空腹」と「暇」でした。

 ある日、何もすることがなく家にいた私は昼時になったので何か食べようとしたのですが、「お金」がない!

 冷蔵庫を覗くと野菜やら肉やら食べ物はある。でも調理しないと食べられない。暇なので時間はたくさんある。暇なので考える時間もある。「どうやったら、これらの食材で美味いものが食べられるか?」

考えました。知恵を絞りました。

結局、出来上がったものはヘナチョコな野菜炒めでした。自分でゼロから作って食べた初めての料理でした。

自分で作った責任があるし、何より愛着が沸いてきました。味は?ご想像にお任せしますが、料理というより「芸術作品」でしたね。しかし、この時、明確な目標ができました。

 「常に美味い(上手い)ものを!」 do one’s best に近いものがあるかもしれませんね。

 最初は自己満足に近いものがありましたね。「なかなかオレいけるじゃん!」美味しい!?ものが出来上がると、ある種「快感」みたいなものになるんです。野球で初めてファインプレーをした時のような・・・(あ、私も川井さん同様、野球小僧です。)

 一度、快感を体験すると再び快感を求めるんですね。楽しくなるし、いつの間にか好きになっている。だから、野球を辞めたいと思ったことはないですね。ただ、体力的なものもあるので・・・

 でも、料理は一生続けていけそうな気がします。

 クリエイトすることが嫌いだった自分が、今では「創造」の虜に・・・

「魔術」ですね・・・

月, 2008-10-06 15:51 | saposute

はじめまして!「赤鬼」ことスタッフの川井です。小学時代に運動会のリレーに出場した際、渡されたバトンを落としたことがあります。昔からバトンに嫌われている私ですが、今回は湯澤スタッフ(小僧)からのバトンをちゃんと受け取りました!今回がブログ初登場となりますので、まずは簡単に自己紹介をしたいと思います。

昭和50年札幌市生まれ、趣味はスポーツ全般(主に野球とスノーボード)、特技は書道と反復横とびで、好きな食べ物はラーメンとカレーライスです。ちなみに辛いものが苦手で、カレーは専ら甘口をチョイスしています。北海道若者サポートステーションでは事務的な部分を担当しており、皆さんの前でなかなかお話しする機会はありませんが、月に数回レッツ中央で事務作業をしていますので、見かけたらお声を掛けてください。(赤い顔が目印です。)

昨日、毎年10月に恒例で行われている市民マラソン大会に参加してきました。もともと体力と走力には絶対の自信を持っていたのですが、中盤を過ぎたあたりから足が上がらなくなり、思うように前に進むことができず、最後はフラフラになりながらやっとの思いでゴールしました。今回の(散々な)レース結果を受けて、不甲斐ない自らを鍛え直さねばならないと痛感しました。今日は太ももの筋肉痛で立ち歩くことも厳しい状況ですが、「継続は力なり!」・・・この言葉を胸に秘めながら、一年後のリベンジに向けて明日(もしかしたら明後日あたり)からトレーニングに励む予定でいます。もし、皆さんの中で一緒に走りたい、という方がいらっしゃいましたら、川井(赤鬼)までご連絡下さい。お待ちしています!!

では、次の走者を発表したいと思います・・・サポステの「ラーメン親父」こと照井スタッフです♪

水, 2008-10-01 13:57 | saposute

北山様からバトンを受けまして、ブログに初登場の湯澤です。突貫小僧などと紹介して頂きましたが、今年33になりまして、いつも若くありたいという私の願望を、小僧という言葉で表現して頂いたとプラスに考えています。

  まずは、自己紹介ですが、湯澤真吾といいます。生まれも育ちも札幌で、札幌が大好きです。未婚で、周りからは「結婚しろ!」と年に数回言われます。趣味は、・・・実は無趣味です。家にジッとしていることも苦手なため、休みの過ごし方が私自身の今後の課題です。旅行や食べ歩きにはあまり興味が無く、芸術活動やスポーツもあまり得意でないため休日くらいは人様に役に立つボランティアなどしたいなぁと最近思っています。

  サポートステーションでの私の役割はというと、ワーカーズファームやパソコン講座などのプログラムを実施することです。プログラム上、様々な方とお会いする機会が以前と比べると飛躍的に増えました。これがとても楽しく、自分自身の成長につながっていると実感しています。コンタクトの取り方は、新聞を読んでいて興味が魅かれた企業や個人の方に連絡をしたり、求人誌をみて連絡をしたりときっかけは様々です。電話をしてみると、すぐ切られたりもしますが、話を聞いてくれる方も多く有り難いことです。

 色々な方と出会い思うことは、困っている若者のために一肌脱ぎたいと考えている方が多いんだなぁと。30代や40代などのバリバリ仕事をしている方にも多いのも意外です。統計などはとっていないため、あくまで私の印象ですが。とはいえ、一肌脱ぎたいと考えている方の多くが、どこでどう脱いでいいかわからない。そのような方たちと私たちが出会い、一肌脱ぐ機会をお手伝いするのも大切な役割だとつくづく思います。先日、居酒屋さんに行った際、隣に座っていた、恐らく30代後半の若い経営者がふたりで飲みに来ていました。ひとりは質屋の社長さんかと・・・。15年近くやっているそうですが、不思議なくらい新規の方が来るらしいです。中には当然生活に困っている方もいるらしく、なんとか手助けを出来ないものかと話していました。

 サポステに携わり2年が経過します。若者だけでなく社会を変える!ことが大切だと思っています。果てしないことですが、まずは一肌脱ぎたいと考えている方と地道に出会い、一人ひとりと話をして若者のために一肌脱ぐ機会をつくる。100歩先の考えることはできても、100歩先に行くには、1歩1歩進むしかありません。夢は大きく、1歩1歩大切に地道に進んで行きたいと考えています。 

 こんなところで私のブログは終わりにして、赤い顔が今やトレードマークのサポステの赤鬼こと川井さんにこのバトンをお渡しします。

土, 2008-09-27 09:53 | saposute

 バトンを受けました、スタッフの北山といいます。はじめまして。現在はワーカーズファーム9期を担当していて、毎回のリポートも書いてます。スタッフ紹介にあったように緊張するたちなのですが、たまにやってくる話をしなければならない場面でも、ドキドキしながらなんとかやっています・・・(よね?)。

 さてさて、今回は自分の仕事の中での立ち位置について書いてみようかと思います。よく「北山さんは支援者なのですか?」と聞かれることがあります。とんでもない!私はこの「支援者」にどうしても違和感を感じてしまいます。担当するワーカーズファームの中でも自分にとっての気付きや勉強せねばと感じることがたくさんあります。メンバーの方から教わることも数え切れないほどです。支えるとか援助といった一方通行のかかわりは自分向きではありません。

 以前、別の地域のサポステスタッフの方と名刺交換した時の話です。普段使っている私の名刺には"サポートスタッフ"とあるのですが、「"サポート"なの?」と聞かれました。それまでは意識しなかったのですが、確かにそうですよね!"サポートスタッフ"から受ける印象はどうしても「上から助けますよ~」というかんじになってしまいます。名刺の書き方も考えなければなりませんね。〇〇スタッフ・・・何か良い呼び名があれば教えてください。

 なので、自分にとってサポステ(特にワーカーズファーム)は「一緒にやってみる」、「応援隊でいること」。そのためにも相互理解が必要なのかもしれません。自分を知ってもらって相手のことも知る。自分のこともちょっとずつ話していこうと思います。 

ととりとめのない話を書きましたが、そんなこんなで今後もよろしくお願いします。

次のバトン走者は、突貫小僧こと湯澤スタッフです。お楽しみに・・・♪ 

木, 2008-09-25 10:06 | saposute

全国2~3人の読者の皆様、いつもありがとうございます。スタッフの松田です。
昨日、とてもとても嬉しいことがありました。私がキャリアカウンセラーとして訪問している定時制高校の女生徒が、パン工場での製造の仕事に合格しました!高校生の就職活動解禁は9月ですから、みごと一発内定を果たしたわけです。パチパチパチ!

彼女は決して優等生ではなく、こんなに早く就職できるなんて自分では思ってもいなかったそうです。つい3ヶ月前には、自分がよく買いに行く洋服屋で働きたい、いわゆる“アパレル志望”でした。(ちなみに唇の横にはピアスが光っていたりします。)

ここに多くの生徒が陥りがちな落とし穴があるのですが、お客さんとして好きなこと・モノと、そこで働くということは、少し違います。
ケーキ(を食べること)が好き→パティシエになりたい。この店の洋服(を着ること)が好き→ショップの店員になりたい、だけでは志望動機とは言えないのです。そこに気付かずに、このズレがやがて「やりたくないことで正社員になるくらいならフリーターがいい」という結論にたどり着くことが往々にしてあります。

では彼女の場合は、どのように方向転換したか。私は、私の目の前で本人にその服屋さんに電話をかけさせました。「いつもそちらで服を購入しています。今春高校を卒業したらそちらで働きたいのですが、どうすれば良いでしょうか」という内容です。
もちろん本人にはとても勇気のいることで、何度も何度もセリフを練習して、私も店員さんの役でシュミレーションをし、ようやく電話をかけることができました。そしてその結果、「やはりここのお店で働くのは諦めよう」という結論を彼女が自分で出すことになったのです。

私は高校生の夢は、成就させるか成仏させないことには次へ進めないと考えています。その夢を叶えるか、納得して諦めるか、のどちらかということです。
彼女の場合は自分で電話もしたことで納得し、ショップ店員の夢を成仏できたのです。
そこから先は「じゃあ好きな洋服を買えるくらいの収入を得るために働こう!」ということで、二人で仕切りなおし。コツコツ地道に作業をすることが好き(社交性よりも集中没頭型)という自分の個性と、パン製造(ライン作業)の職業特性とが結びつき、今回の合格に至ったわけです。

今回の内定は彼女の勇気と行動力が生んだ結果です。そしてそこに少しでも携われた私は本当に幸せです。来年、彼女の作ったパンを食べるのが今から楽しみです。

さてさて、思う存分嬉しい報告をしたところで、次回のブログは他のスタッフにバトンタッチしてみようと思います。前回のブログで何人かのスタッフを登場させたので、いっそのこと本人にも書いてもらおうと思います。

最初のバトンは、北山スタッフに回します。内容は何でも構いません。社会のこと、サポステのこと、自分の考え、最近のできごと、などなど。書き終わったらリレーブログで誰かに回してくださいね。スタッフだけじゃなくて利用者の方でも面白いかも知れません。

それでは北山さん、よろしくおねがいしまぁす!

月, 2008-09-22 09:54 | saposute

スタッフの松田です。今回のコラムはちょっと息抜き、私たちサポステスタッフをご紹介します。

サポステには現在2名の専門相談員と11名のスタッフがいます。
専門相談員というのは、サポステに来た人が最初に相談する窓口(カウンセラーのようなもの)です。現在の状況や抱えている課題をもとに、どんな支援機関に行けば良いか、どんなプログラムがオススメか、その人ごとに合った作戦を立てるお手伝いをします。(これをキャリア・コンサルティングといいます。)
サポステでは専門相談員のニーズがますます高くなってきたので、来月から3名体制にする予定です。


専門相談員との面談を経て、既存の他機関だけでなくサポステのプログラムにも参加することになった方をサポートするのが、私を含めた11名のスタッフです。

11名を統括しているボスは、穴澤といいます。彼のトレードマークはなんといってもヒゲ。クマのようなヒゲに癒される利用者さんもけっこう多いようで、よく悩み相談を持ちかけられています。カウンセラーの心得の一つに、重たい悩みを相談されたときに自分も同調して落ち込んでいかないこと、というのがありますが、彼の場合は年中バタバタと忙しく走り回っているので、落ち込むヒマも無さそうです。バタバタと外部機関の調整や保護者会の運営に今日も走り回っています。

ワーカーズファームの企画運営を束ねるスタッフは照井といいます。スポーツと歴史とラーメンをこよなく愛する男で、ワーカーズファームで彼の講義を受けた方は「送りバントの精神」と「将軍の名言」と「ラーメン屋の哲学」に感銘を受けて働く意欲を刺激されるそうです。他にも、働くためには基礎体力が必要だという持論があり、就労支援に運動的要素を加えた新たなプログラムを考案中です。確かに働くうえで健康な体は欠かせませんので、うまくいけば就労支援の新境地を開拓するのでは、と私も密かに期待をしています。

同じくワーカーズファームを担当するのが、北山という女性スタッフ。もともとの柔らかい物腰に加えて、最近ではキャリア系の支援スキルにも強くなってきたので、悩み相談から履歴書指導まで幅広くお手伝いができます。ただ本人曰く人前で話すのはとても緊張するタイプらしく、話していて赤面していることもよくあります。そのぶん対人コミュニケーションが苦手な人の気持ちも分かるのかも知れません。特に女性参加者からの信頼は絶大です。

赤面と言えば負けていないのが川井スタッフです。主にプログラムではなく事務的な部分でサポステを支えているので、あまり人前で話す機会はないのですが年中赤い顔をしています。サポステのスタッフは皆、実際に現場で人と関わりたいという気持ちを持っているのですが、事務というある意味では損な役割を担ってくれています。感謝です。まぁ、そもそも人生全般において損な役回りの似合う男ではありますが。

サポステが誇る突貫小僧が湯澤という男性スタッフです。ジョブトレーニングの受け入れ先の開拓など、サポステ利用者のためになると思ったらすぐに動く意欲の固まりです。私から見ても、スタッフNo.1の情熱を持っていると言ってもよいくらいに走り回っています。ただそのぶんポカミスも多く、しばしば私の怒りの矛先になっています。このホームページのリポートでも「きっと慌てて書いたんだろうなぁ」と思われる文章があれば、それはきっと湯澤が書いたものです。愛すべき男です。

情熱No.1が湯澤なら、支援者としての実績No.1は松本です。過去にソーシャルワーカーとしての業務経験もあり、仕事という切り口だけでなく生活全般を含めた支援ができるのが彼女の持ち味です。ワーカーズキャンプのプログラムを担当しており、おっとりした話し口調のわりに突然とんでもない毒を吐いたりして、参加者を叱咤激励(一刀両断?)している姿をしばしば目にします。目立ちたくないと常々言っている彼女ですが、こんなところに登場させてしまいました。怒らないでね。

さてさて、人のことばかり書いてしまったので、私自身のことも少し書いて、続きはまた今度気が向いたときに書くことにします。私は不器用ながら一所懸命、サポステに来られる方のために汗を流しています。はい。

・・最後に、少しだけ真面目な話。今回なぜこんなことを書いたかと言うと、きっと自宅に閉じこもっている人(いわゆる引きこもりと呼ばれる若者)の中にも、このページを見ている人がいるんじゃないかと思うからです。少しでも私たちスタッフを身近な存在に感じてもらえれば、そこからサポステに興味を持ってもらえるのではないかと思うからです。これをきっかけに連絡をもらえれば、勝手に名前を掲載された上のスタッフたちも喜んで許してくれるはずです、きっと。

h-support.st@katsudokyokai.or.jp

困ったことは一人で悩まず、みんなで悩みましょう。

水, 2008-09-17 20:30 | saposute

ひっそりと続けているスタッフ松田のブログに、ご意見メールが届きましたので、ご本人の了解のもと、全文を転載いたします。
送ってくださったのは20代の女性。自身もニートと呼ばれる状態にある方です。
このブログが、いろいろな方のいろいろな意見を紹介できる場になれば嬉しいです。皆様からの更なるご意見をお待ちしています!

*********
「条件つきでなく、ありのままの自分を認めてくれる社会」の出現まで、ニートやひきこもりの人たちは待つつもりなのでしょうか…?
社会が変わるまで、ニートやひきこもりの人たちは、何もしないでいる気なのでしょうか?
「ニートやひきこもりは、自己責任である」と考えている私にとっては、そのあたりがいつも疑問に思います。
この問題に真っ正面から向き合う機会が少ない気がします。

彼らの望む世界・彼らにとって生きやすい社会など、待っていても永遠に来ない。ただ、自分が老いるだけ。
自分の居場所は、誰かに与えられるものではなく、自分で造っていくべきもの。
自分にとって生きやすい社会も、誰かが造ってくれると期待している限り、私たちは永遠に「大人」にはなれない。
「大人」になりきれていない人たちなど、社会では必要とされてない。むしろ、そういう人たちが増えている事によって、社会がおかしくなってきているとも言えます。
ちゃんと働く若者がいないのだから、企業は外国人を雇ったり、派遣やバイトに頼らざるを得ないのです。
非正規雇用にせよ、最初のステップとしては良いかも知れませんが、フリーターの長期化というのが現実問題としてある訳です。フリーター生活で「自立」してると果たして言えるのでしょうか。
非正規雇用自体が問題というより、本人がどの道(スタイル)を選ぶのか、どう動こうとしているかが問題ですね。

今の社会は生きにくくて大変だと言われているけれど、大変なのはみんな同じ。戦争もなく、物質的に豊かなのに、不平不満を言うこと自体わがままかもしれません。

この社会に自分はどんな貢献をしたか…?今の現状を変えるため、社会を良くするために、自分は具体的にどう動いたのか…?
自分は何も動かないでいて、望む物が与えられるのをただ待つだけ。うまくいかない事を何でも社会のせい・周りのせいにする。
そんな受け身的な「子ども」は、社会では迷惑な存在なのです。だから企業は雇用しないのです。

私たちニート・ひきこもり者が、社会に受け入れられる「大人」になるためには、具体的に何をしなければならないのか。自分はどう動くべきなのか。
誰かにすがったり依存することなく、自分の足で立って歩くために、私たちニートやひきこもり者は、真剣に考えていかなくてはならないと思います。

(以上、原文まま)

水, 2008-09-10 12:01 | saposute

不定期に発信していきます、サポステスタッフの松田コラムです。新聞やニュースで「非正規雇用」という言葉をよく目にするようになりました。(最近のニュースではその不合理さや悲惨さをとりあげる風潮が主流のようです。)この非正規雇用、何をもって「非」正規なのでしょうか。正社員というのは、「とりあえず定年までは雇いますよ」という約束で働く人です。正規雇用と非正規雇用の違いは、突き詰めればこの約束があるかないか、でしょう。ところで、今の世の中この約束はすぐに破られる(倒産や解雇など)ことを皆が知っています。知っていてなお、人はその約束(つまりは安心感)にすがるのです。

これは高校生カップルが「俺たちずっと一緒だからな」なんて言うのと同じように思えます。結果的には嘘になる(かも知れない)という現実から目を背けつつ、この言葉を信じようとすることで彼らは安心して恋に酔えるわけですし、互いにこの言葉を守ろうとする姿勢が伝わるからこそ愛情は継続するのです。(と思います、数少ない経験から)

話を元に戻しまして、非正規雇用についても、そこに何らかの希望や安心感を持てることはとても大切だ、と私は思っています。この先これをきっかけにして自分の未来を切り拓いていけるという希望や、ここで頑張れば身の丈にあった生活をしていけるという安心感です。さらに言えば、きっと私は3年後も生きていられる、といった最低限の精神的保証も必要でしょう。サポステにとって非正規雇用の場はとても重要です。「週に3日、3時間ずつくらいなら働ける」という人もたくさんいますし、「まずは」アルバイトから、なんて言葉も頻繁に交わされています。非正規雇用のお仕事は、サポステに来る彼らの当面の目標でもあるわけです。目標地点にようやく辿りついたらそこには夢も希望も無かった、というのではあまりにも悲しすぎます。・・・今回もまた、ここから先のまとめの部分は読んでくださった方に委ねたいと思います。
「あなたが働いている限りは」とか「正社員であるなら」といった前提を付与することなく、無条件に「あなたは社会の一員であり、社会はあなたを切り捨てたりはしません」というメッセージが社会全体から発せられる日は、来るのでしょうか。

火, 2008-09-02 19:51 | saposute

サポステスタッフの松田です。昨日おためしコラムを書いたところ、さっそくリアクションのメールを頂いたので、ご本人の了解のもと、以下に全文を貼り付けます。
迷子論をさらに深めていただいて、感謝です。さらにご意見のある方、お待ちしております。

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「社会的迷子」まさに、私もそんな感じですね。
ニートという言葉は、なんとなく責められているような感じがしてしまい、正直受け止めにくいです。

私たちは、一見大人なので「大人らしい振る舞い」が出来るかのように思われています。というか、「大人らしい振る舞い」を求められています。
だけど、心の中は迷子センターの子どもと同じようなところがあります。
ただ、違っているのは、「抽象的概念」であるため、探しているもの、迷っているところが本人も周りの人たちにも分かりにくいため、地図を示すことが難しいということ。

当事者たちは、地図が欲しいと切実に思っているのに、周りの大人からは、「何故迷子になったんだ」「これからどうするつもりだ?」「誰も君を助けることは出来ない」「迷子になったのは、お前がしっかりしていないから悪いのだ」…などと言われてしまう。

なんとも見当違いな答えですが、どこへ行ってもそのような答えが返ってくる事が多かったのです。

子どもの迷子は、泣いている様子を見て誰かが声を掛けたり助けてくれたりしますが、大人は声を出して泣くことは出来ず、自助努力で道を見つけなければならないという大変さもあります。

見つけてもらえない、気付いてもらえない、大人であってもそれは辛いことだと思います。

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