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今度は、真面目な話

日, 2010-11-28 16:37 | saposute

まだまだ書きます。強化月間ですもの。

先日、高校生と面談をしていて「働こうかどうか、まだ決めかねている」と言われました。進学と就職を迷っているということではなく、進学はしないと決めたけれど、働くか働かないかを迷っている、ということです。

なぜかといえば、働く理由も、働かない理由も、決定打に欠けるから。
だからこんな曖昧なままで就職採用試験を受けてもいいのかどうか「迷って」いるというのです。
もちろん、勤労と納税は国民の義務なんだぞ!なんていう理屈は通じません。

皆さんなら、彼にどんな言葉をかけますか?
働く理由も働かない理由も見つからない場合、どうすれば良いと思いますか?
いや、そもそも人はなぜ働かないといけないのでしょうか。

まぁ、これらはけっこう使い古された問いかけですが、世の中には大きくわけて「衣食住、つまりは生きるため」説と「自己実現や社会貢献のため」説があるように思います。
もちろんどちらも間違いではありませんし、前者と後者の関係(たとえば、まずは生きるために働き、やりがいは後から追求せよといった意見)も、語り尽くされています。

じゃあお前はどう考えているんだ、と言われるかも知れませんが、私は、働く目的を「生きる」+「社会貢献」=「みんなで生き延びるため」と捉えて、説明することがしばしばあります。

たとえば、30人で無人島に遭難したとします。
全員で生き延びるために、見張りをする者、魚を捕る者、作物を育てる者、子どもに教える者、それぞれに「自分にできること」をします。
それは、リーダーのような人から頼まれる役割かも知れませんし、自ら得意分野で貢献しようと考えるかも知れませんが、いずれにしても「生き延びるために、力を合わせる」のです。
これが働くことの基本です。

これが1億2000万人になっても、原理は同じはずです。
ただ違うのは、30人の頃は全員が力を合わせなくては生き延びられなかったのに比べて、1億2000万人が生き延びるためには、何人かはサボっていられるということです。
(実はもっと決定的に違うのは、「俺たち、共に生き延びよう!」という仲間意識の有無ですが、これはいったんおいておきます)

人数を増やし、効率よく役割分担をし、文明を発展させることで、何人かが楽をしても生き延びられる世の中が実現したのです。30人の“初代メンバー”からすれば、何とも羨ましい「社会」の実現です。
しかし、これは裏をかえせば、役割をもらえない人が出てくるということです。
「特にお前は何もしなくていいから、邪魔だけはしないでね」と言われてしまう人が出るということです。

それは、人が、あるいは社会が、人を持て余す世の中です。

一人が一人ぶん、必要とされない世の中です。

どんなにしんどくても、「よくやってくれた、ありがとう。明日も頼むぞ」と言われれば、人は頑張れます。
一方で、「お前は何もしなくていいから」と言われ続けながら、役に立とうと努力し続けるのは、至難の業です。

ちょっと話はそれますが、先日、とあるテレビ番組で「セルフ化を導入し、経費削減に成功したガソリンスタンドや居酒屋」がビジネスモデルの一つとして紹介されていました。

このように、みんなでよってたかって「働かなくても、力を合わせなくても、生きていける世の中」を作ろうとしている一方で、偉い政治家が、雇用を人工的に生み出すことを説いています。
私も、雇用を生み出すことは大賛成です。
でも、なんだか、変な感じです。モヤモヤします。

人が人として生きていくには、自尊心と生活費の両方が必要です。
働くというのは、これらをいっぺんに手に入れることです。
だから人は、仕事を求めるわけで、ボランティア活動による自尊心だけでも、公的扶助による生活費だけでも、本当の意味で、人は満たされてはいないのです。(と私は思っています)

そう考えると、どうやら「みんなで働かなくても、力を合わせなくても、全員が生きられる世の中」が実現しても、結局のところやっぱり働いている人だけが(人らしく)生きることを許される、という矛盾がモヤモヤの正体な気がします。

話は最初に戻ります。
「あなたは働き手として社会から期待されているんだよ」という実感を到底持ち得ない環境におかれた子どもたちに、私たち大人が発することのできるメッセージは何でしょうか。
私たちがこれから子どもや若者と一緒になって作りたいのは、どんな世の中でしょうか。

ご意見ありましたら、サポステ宛のメールにてぜひお待ちしています。

スタッフ 松田考