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分かち合うということ

月, 2009-03-16 11:59 | saposute

~子どもの頃、美味しいおやつを兄弟に取られないように、隠して食べた経験はありませんか?~ 

すっかりご無沙汰してしまいました、不定期更新のスタッフブログです。

先日、某高校にてキャリアカウンセリング実施中に、生徒と「大人と子どもの境目」のような話になりました。
その中で、美味しいものを食べたときに、子どもの頃は誰にもあげたくなかったのに、いつの間にか「これは○○(友人・家族・恋人など)にも食べさせてあげたい!」と思うようになった。それが大人との境目かもねぇ。
なんていう話になりました。

喜びを分かち合いたいと思えるようになっていく過程や、分かち合いたいと思える人に出会っていく過程、それが大人なのかもね、なんてその生徒と意気投合したわけですが、そこにあるのは、“分けてあげる”という施しの気持ちではなく、この喜びを一緒に味わいたい、というまさに大人の感覚です。

昨今、よく新聞に登場するワークシェアリングも、こういう視点で見ると少し面白いかも知れませんね。
美味しいお菓子と同じように、働き口(働く喜びや賃金)も、分量には限りがあって分け合うと減ってしまいます。
それでも自分のお菓子を分け合いたいと思える相手は・・・
家族、友人、恋人、同世代の人、同じ地域の人、日本人、地球人、はたまた未来の自分、空腹な人、欲しがっていない人、などなど、どんな範囲なのでしょうか。

働くことが喜びなら、その喜びを大勢の人と分かち合いたいと思う。働くことが苦しみや義務ならば、働いていない人を責めたくなる。
皆さんにとって、働くこととは、何でしょうか?

スタッフ松田 記