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ドイツにおける自己責任論

金, 2009-01-09 11:52 | saposute

あけましておめでとうございます。
2009年もサポステをどうぞよろしくお願いします。

さて、新年一発目はスタッフの松田が書かせていただきます。
私は先月、「青少年支援に関する日本とドイツの協同研究」で2週間ほどドイツに行ってきましたので、その報告を兼ねて今回のブログを書きたいと思います。

ドイツに行って驚いたことの一つにセーフティネットが非常に充実していることがありました。
一例を挙げると、失業者のための給付金(失業手当)が2種類あり、「失業手当Ⅰ」といって、日本と同じように雇用保険加入者が失業したときに一定期間給付されるものに加えて、60歳までの働く意欲のある人なら誰でも毎月約5万円もらえる「失業手当Ⅱ」というものがあります。
2005年から導入されたこの制度があるから、誰でも就職活動をするうえで最低限必要な生活費が保障されているとのことです。

非常に素晴らしい制度のように思えますが、日本で導入しようとすると当然、さまざまな問題にぶつかります。
ではなぜドイツでそれを実現できたか。実際に私がドイツでいろいろと質問してきたので、その回答をもとにお伝えします。

①「失業は自己責任ではない」という考え方
これは当たり前の話ですが、人間の数と働き口の数は一致していません。椅子とりゲームと同じで、誰かがそこには座れないのです。
座れなかったからといって、全て本人が悪いとは限らないし、次は自分が座れない番かも知れない。そのための社会保障(セーフティネット)は当然必要である。ドイツにはそういう考えが根付いています。
このように失業を止むを得ないこととして捉える根底には、移民背景や旧東西ドイツの経済格差などの社会情勢が日本と異なることも要因として考えられますが、いずれにせよ、本人の努力だけで解決できる範囲には限界があるのは間違いありません。

②働く意欲があるかどうかは訓練の参加状況で判断する
これは日本もドイツも同じですが、「意欲があるけど不幸にも働けていない人」と「働く気がない人」とは明確に区別されます。
日本の場合は、「その気になれば働き口はいくらでもあるのだから、働いていないイコール働く気が無い」と判断されることが多いように思います。もしくは、それぞれの主観で「あいつはやる気があるのにかわいそうだ」とか「あいつは怠けているだけだ」と言われていることもあります。
一方ドイツでは、先に書いたとおりそもそも就職口が人数分は存在しないという考えなので、意欲に関係なく無業の人は存在するという前提です。また、学校段階でのつまづき(不登校など)によって、就職の機会を奪われている人がいるということも事実として受け入れられているように思われます。
では、無業状態の人のうち、働く意欲があるかどうかをどこで判断するか。
それは「職業訓練に参加しているかどうか」だそうです。
職業訓練といっても内容は様々で、
・ハローワークのようなところで求職活動をする
・実際に企業でジョブトレーニングをする
といった実用的なプログラムから、
・同世代のグループで毎日集まって炊事・食事をする
・アート作品をグループで協力して決められた期間内に完成させる
といったサポステと同じようなプログラムまで幅広く存在します。
そしてもちろん、どのプログラムでも参加している人には同じ額の失業手当Ⅱが支給されています。

③「働くことは喜びである」という発想
先に書いたとおり、ドイツでは訓練(サポステのようなところも含む)に参加していれば一定額の手当が支給されます。言い換えれば、協同炊事などに「実は働く気が無いけれど受給目的で参加する」こともできるわけです。
これについてドイツの担当者に質問したところ、「そういう若者もゼロでは無いが、最初の動機がどうであれまず訓練に参加してもらうことが非常に重要である。彼らも訓練に参加しているうちに働く喜びを知り、必ず意欲が芽生えるし、それこそが我々プロの支援者の役割である。」との答えが返ってきました。サポステスタッフとして、この言葉は胸に響きました。
これには「全ての職業は神から与えられるものであり、働くことは喜びである(職業神授説)」という宗教的な背景もあるため単純に比較はできませんが、あえて簡単に書くと
<日本>
(働いている=辛いけど耐えている)&(働いていない=楽して怠けている)
⇒働いていない奴らに働いている人の税金を使われたくない!

<ドイツ>
(働いている=喜び、充実)&(働いていない=不幸、明日は我が身)
⇒いま働けている人たちが社会全体の費用負担をしていこう
といったところでしょうか。


長くなったのでここらでいったん終えますが、「失業者をいかに減らすかだけではなく、失業という社会問題を“やむを得ない痛み”として捉え、社会全体でこの痛みとどう付き合っていくか」という考え方は非常に勉強になりました。
これらの学びを活かして、今年もサポステに来る若者たちと共にがんばっていこうと思います。

本年もどうぞよろしくお願いします。