こんにちは、スタッフの松田です。
このブログを楽しみにしていただいているマニアックな皆さま、いつもありがとうございます。
突然ですが、来月韓国に一週間、調査旅行をすることになりました。北海道大学の教授にお招きいただいて同行する形で(つまりはタダで!)、韓国の青少年支援センターや学校相談センターに行ってきます。
昨夜はその予習会のようなものがありまして、韓国の若者支援の仕組みをビッチリ学んできました。メンバーには北海道大学に留学で来ている方も参加しているので、韓国の若者支援がどのような文化・思想に基づいて作られているかといったことも聞くことができました。
この文化や思想を知るというのは、実はとっても重要なことで、前にドイツに行ったときも、「この若者支援の体制は素晴らしいけれども、これを宗教的思想(キリスト教の愛の精神)が浸透していない日本で実践しようとするのは、非常に難しいだろうな」と思ったことがあります。
「働くことは喜びか苦行か」「他者を助けることは自分のためか人のためか」みたいな概念には、その国の文化や思想が大きく影響していて、それが若者支援の考え方(風潮・世論)にこれまた大きく影響するので、形だけ他国を真似ても、日本では上手くいかないことが予想されます。
話は戻って韓国では、中退する生徒(直訳すると自立基盤喪失青少年というらしい)に対して、手厚い支援策をとっています。学業不振や非行などの学校不適応を起こしている学生(直訳すると危機生徒というらしい)に対しても、同じです。なお危機生徒には、いじめの被害者だけでなく加害者も含まれるそうです。
もちろん日本で言うところのNEET状態や引きこもり状態の若者にも、さらには、直訳された資料の言葉を借りれば「インターネット中毒青少年」に対しても「政策的努力」をしているそうです。
なぜこんなに手厚くフォローするかと言えば、韓国は就職などにおいて学歴をとっても重視する社会なので、学力・学歴に“傷がつく”ことによって、本人も危機的状況になるし、社会的にも損失だと考えるそうです。
引きこもり状態やインターネット中毒も、本人にとってもよくないし、社会にとってもよくない結果をもたらすから、だそうです。
こういった話を踏まえて私は、一つの仮説をたてています。
それは「支援に値するかどうか」を、韓国では「結果」、日本では「原因」によって判断する文化があるのではないかということです。
つまり、中退やインターネット中毒など、韓国では「これは放置しておいてはまずい、支援する必要がある!」あるいは「これは支援的介入をしなくても、自力や家族でクリアできる問題だから、大丈夫」といったように、このままいけばどうなるか、とった結果の予測を重視する風潮が強いのかも知れません。
逆に日本では、中退やインターネット中毒などが、どんな原因によって生じたかによって「これは本人が悪いわけじゃない、支援する必要がある!」あるいは「それは自分がまいた種なんだから周りが支援する必要はない。」と判断されることが多いのかも知れません。
例を挙げれば、いじめ被害にあって中退せざるを得なかった若者と、夜遊びばっかりで学校をサボって退学になった若者がいたとして、韓国では「どちらも本人・社会の危機につながるから支援の対象」で、日本では「前者は支援の対象だが後者は自己責任」と考えられるようなことです。
この仮説が当たっているかどうかは、来月に訪韓して確かめてきます。
もちろん、隣の芝は青く見えがちですが「札幌(日本)で行っていること」も胸を張って伝えてきたいなと思っています。
ほかにも、ひとたび支援が必要だと判断したときに、政治を動かして予算を獲得する力は、日本の若者支援業界よりもはるかに韓国の方が強いようですので、そのあたりの話も聞いてくる予定です。
予習会はこの後も何回かあるようなので、多くのことを持ち帰れるように、しっかりと事前準備して臨みたいと思います。
スタッフ 松田考
